まず、表紙の目玉焼き丼にやられた。

 素朴な線ながら、黄身の照りは箸で突くと半熟の中身がとろりと流れ出そうだし、白身の端が少し焦げてカリカリした感じなんて最高だ。胡椒の粒、そして軽く回しかけられた醤油。うう、たまらない。
 この表紙にタイトルが『まずはこれ食べて』である。とても幸せな、ほんわかした、全方位にハートウォーミングな料理小説を想像してしまうではないか。

 ところが第一話からいきなり不穏なのである。あれ?

 舞台は、大学時代の仲間たちで立ち上げた医療系ソフトのベンチャー企業。みんなが仕事に追われ、社内が雑然としているからと家政婦を雇うことになった。だが営業と事務を担当している女性社員の池内胡雪は家政婦の筧につっけんどんだ。初対面の家政婦に不自然なほど敵愾心を抱いている。いったいなぜ? というところから、彼女の内面が語られていく。

 同様に、一話ごとに社員それぞれが抱えているものが、筧とのコミュニケーションで露わになる。自分の立ち位置がうまくつかめないジレンマ。ハーフという出自ゆえに感じる違和感。ひそかに転職を考える者の悩み。山男が身近に感じた死。秘密を抱えるリーダーの苦悩。彼らは台所に来て、筧の作ったご飯を食べ、筧に話を聞いてもらう。そしてもう一度自分を見つめ直すのである。

 イライラしているときほど、ヘコんでいるときほど、美味しいものをちゃんと味わって食べることが、どれほど大事か。食べるとはエネルギーを取り込むことだが、ちゃんと食べることで、体だけでなく心にもエネルギーが充填されるのだ。「まずはこれを食べよう」と思うことで、一旦気持ちがリセットされる。そんな効果が食事にはある。しかも登場する料理のひとつひとつが実に美味しそうなんだもの。お腹が空くことこの上ない。

 だが、話はそれで終わらない。この会社には、行方不明になった創設者がいること。そして途中で筧の過去が語られる章があることがポイント。実は終盤になって、思わぬミステリ的展開が待ち受けているのだ。いやあ、この展開にはびっくりした!

 そこまで読んで、ようやくこの物語の核がわかる。そして「同じ釜の飯を食う」ということの意味が心と胃にじんわり沁みてくるのである。苦くて、でもその苦味が滋味になる。そんな物語である。