連城三紀彦の第一長篇『暗色コメディ』が、双葉文庫で復刊された。しかも帯に推薦文を寄せているのが伊坂幸太郎だ。だが不思議ではない。「この小説に挑戦するつもりで『ラッシュライフ』という小説を書いたことがありました」というくらい、強い影響を受けているのだから。では、そこまで伊坂を魅了した『暗色コメディ』とは、いかなる物語なのだろうか。

 内容に触れる前に、本書の成立過程を述べておこう。探偵小説専門誌「幻影城」が主催する、第三回幻影城新人賞を、短篇「変調二人羽織」で受賞した作者は、同誌に短篇を発表しながら、幻影城ノベルスの一冊として、一九七九年六月に本書を上梓した。しかし出版と同時に版元が倒産。その後、一部のトリックを含めて改稿された。現在流布しているのは、この改稿バージョンだ。

 という情報を記してみたが、本書を楽しむためには必要ない。読み始めれば、すぐに物語の世界に引き込まれるだろう。なにしろ、冒頭で提示される四つの謎が強烈だ。人妻の古谷羊子は出かけたデパートで、夫が自分と同姓同名の女性と逢引きしているのを目撃。画家の碧川宏は、自殺するつもりでトラックに飛び込むが、なぜかそのトラックが消失した。葬儀屋の鞍田惣吉は、妻から「あんたはこの前の晩、死んだのよ。新宿の交差点で乗用車にひかれて」といわれ死者扱いされる。外科医の高橋充弘は、自分の妻が別人になっていると確信する。

 次々と描かれる四つの謎だけで、ページを繰る手が止まらない。さらに精神科の病院では都内でも一、二を争う藤堂病院が、物語の重要な舞台として登場。幾人かの登場人物の動向が判明するのだが、さらに奇妙な謎と事件が増殖していき、物語の行方がさっぱり分からない。作者の手練手管によって、迷宮を夢中になって歩いていると、やがて驚くべき真相が明らかになるのだ。

 未読の人のために、驚愕の真相に触れるわけにはいかない。幻想的な謎が、すべて合理的に解かれるとだけいっておこう。しかも全体の構成が精緻極まりない。ミステリーを読む楽しみが堪能できるのだ。その一方で、人の心の不可思議さに、複雑な思いを抱いてしまう。これもまた作品の、大きな魅力になっているのである。

 なお本書を皮切りに、何冊かの連城ミステリーが双葉文庫から復刊されるとのこと。希代の作家の優れた作品を、あらためて発見してもらいたい。