この作者は、本当にミステリーが好きなんだな。蒼井上鷹の作品を読むと、いつもそう感じる。なにしろミステリーのジャンルやスタイルを意識した物語が多いのだ。最新刊となる本書は、それが極まったといっていい。

 個人経営の居酒屋〈はる〉の常連の世古氏は、ミステリー作家である。〈はる〉のおかみさんの親戚で、店を手伝っている大学生のガクとも仲がいい。そのガクに、「ぶっ殺したくなるくらいヤなやつって、たまにいません?」といわれた世古氏は、話の流れのままにトリック講義を繰り広げるのだった。

 かくして始まった物語は、全六話で構成されている。冒頭の「あなたもアリバイを崩せる」は、殺人のアリバイについての講義が、意外な方向に飛び火する。続く「解けない密室などない!【理論編】」は、密室の巨匠J・D・カーの『三つの棺』で描かれた、有名な密室談義を世古氏が解説。『三つの棺』論にもなっていて、大いに興奮した。さらに第三話「解けない密室などない!【実践編】」では、ガクの祖母の家で起きた絵画盗難事件を巡り、密室の謎が解かれることになる。

 ところが叙述トリックを題材にした、第四話「うまい騙しに嘘はいらない」で、解決したはずの絵画盗難事件が、予想外の方向から蒸し返される。思わず最初から読み返して、いろいろ確認したくなってしまった。まったく、油断のならない作品である。また、世古氏のいう「叙述トリックが成立するのは、そもそも小説という表現形式が不完全で欠陥だらけだからだ」という指摘は鋭い。

 そして第五話「完全殺人への道【前編】」と最終話「完全殺人への道【後編】」は、ミステリーを書きたいという人物のために、世古氏がトリックやアイディアを出すことになる。なんとなく土屋隆夫の「経営学入門(トリック社興亡史)」を思い出してしまったが、本書の冒頭でこの作品の収録された『粋理学入門』のタイトルが挙げられているので、意識的なものだろう。

 さらに個々の話の面白さだけではなく、ミステリー・マニアだったら喧々諤々と話し合いたくなるネタが、あちこちに鏤められている。たとえば世古氏(=作者)は、泡坂妻夫の「亜愛一郎」シリーズの「争う四巨頭」がたまらないといっているが、私にとっての最高傑作は「曲がった部屋」だ。こんな風に、ミステリー談義を、したくなってしまうのである。