本誌に好評連載された「ちどりあし日本酒紀行」が、一冊にまとまった。酒飲みライター・大竹聡が、関東の酒蔵を巡るルポルタージュである。本を開くと「はじめに」のところで、「実は齢四十を過ぎるまで、日本酒にあまり関心がありませんでした」「それが四十歳を過ぎるあたりから、急に日本酒がうまくなってきたのです」と書かれていて、いきなり同意してしまった。私もそうだったからだ。

 家にあった量産の日本酒を飲んで、まずいと感じた私は、長らく日本酒を遠ざけていた。しかし三十代半ばの頃だったろうか。群馬の温泉に行ったとき、地酒を飲んだところ、大変に美味かったのである。また、「八海山」や「久保田」が普通の飲み屋に出回るようになった時期であり、勧められて飲んだところ、こちらも大変に美味い。そのようなことが重なって、酒の中で一番好きなのが、日本酒になったのである。

 いやまあ、私の思い出話はどうでもいい。そんな訳で最初から、のめり込むように本を読んでいたのだが、内容がとにかく面白い。多摩市にある「小山商店」という酒販店の社長が、蔵元からも酒造りのアドバイスを求められる、ものすごい地酒通と知った作者。社長の話を聞いて、関東にある十二の酒蔵を巡ることになる。その一番目に選ばれたのが、「仙禽」を造っている栃木県の株式会社せんきんだ。いきなり自社の田んぼで作った米を原料にして酒を醸す、ワインでいうところのドメーヌをしているという社長の話に、驚いてしまった。さらに仕込み水にも工夫あり。美味い酒を造るために、ここまでやってしまうことに、脱帽してしまうのである。

 以後も、神奈川の「相模灘」、茨城の「結(むすび)ゆい」、埼玉の「五十嵐」など、次々と美味しい酒を造っている蔵元が紹介されていく。蔵元の歴史や、新たな酒を生み出すまでの人間ドラマなど、読みどころは満載だ。もちろん酒そのものについての感想もあるが、すべて簡潔であり、作者のグルメぶったところのない書き方が好ましい。

 さらに蔵元を訪ねた後は、紹介した酒の飲める店に突入。これまた美味しい肴と共に、酒を味わうのだ。さまざまな店のガイドブックとしても、使えるようになっている。実用性も抜群だ。
 なお、本書を読もうと思っている人は、美味しい日本酒を用意したほうがいい。必ず、飲みながら読みたくなるからである。