鮎川哲也の「三番館」シリーズを嚆矢に、北森鴻の「香菜里屋」シリーズ、鯨統一郎の「早乙女静香」シリーズや「桜川東子」シリーズなど、バーを舞台にした安楽椅子探偵ものは多い。ゆっくりと会話できる場所であり、行きずりの人との会話が不自然ではない場所として、なるほどバーというのは舞台にうってつけだ。

 だが、前例が多いからこそ、著者オリジナルの工夫がなければ単なる二番煎じになってしまう。大石大『いつものBarで、失恋の謎解きを』はそれを、失恋の理由を解き明かすという趣向に見出した。

 主人公の綾は三十一歳。小学校時代の初恋から今日に至るまで失恋を重ねている。ふられるようなことはしてないのに意味わかんない、という綾の話を聞いていたとある常連客が失恋の意外な真相を見抜く──という連作である。

 SNSで知り合った大学生がデートの後で急に付き合いを絶ったのはなぜか。妻との関係に問題を抱えた大学教授が綾のアプローチを一蹴した理由は。中学校時代、天体観測の誘いを断ったあとで転校していった同級生。小学生の頃、ホワイトデーのお礼にCDを買ってあげるというのを頑なに拒んだ同級生。彼と他の女性の関係を疑って終わった直近の恋愛。 

 面白いのはその常連客がホーソン実験やプライミング効果など心理学や社会学のエピソードを引きながら失恋の理由を説明すること。そしてもうひとつ、綾の失恋話が小学生から平成最後の年までの長期に及んでいるため、その時代ごとの風俗や事件、流行、人気テレビ番組やヒット曲などの話題がふんだんに盛り込まれることだ。それがフックとなって自分のその時代を思い出す。綾の思い出に自分の思い出が重なって、胸キュン度が倍増するのである。ところが懐かしがっていると、中には当時の社会背景に謎解きの鍵が潜んでいることもあってギクリとさせられる。なかなか油断できないのだ。

 だが本書で最も注目すべきは、失恋の謎を解くという趣向そのものにある。安楽椅子探偵は与えられた情報だけで判断するため、唯一無二の正解という保証はない。だが本書はそれでいいのだ。本書の謎解きは人の感情や事情を慮ることに始まる。他人を「意味わかんない」で切り捨てていた綾が、一連の謎解きを通して、相手の気持ちを想像することの大切さを身をもって知ったことこそが、この謎解きの最大の意義なのである。