長辻象平が、完全復活した。と、いきなりいっても意味不明だろうから、少し説明しておきたい。二〇〇三年から〇七年にかけて、作者は三冊の時代小説を上梓した。すべて興趣に富んだストーリーに、釣りと魚を絡めた、ユニークな作品である。実は作者は、釣魚史の研究家であり、その知識が生かされていたのだ。これは面白い時代小説家が出てきたものだと思っていたら、以後、パタリと作品が絶えてしまう。本業が忙しかったそうだ。

 そして二〇一七年、文庫書き下ろしで『半百の白刃 虎徹と鬼姫』が刊行される。刀鍛冶に命をかけた虎徹の人生を、伝奇色豊かに描いた快作であった。十年ぶりの長辻作品に快哉を叫ぶと同時に、これだけでまた沈黙したら嫌だなとも思った。だがそれは杞憂だった。本書が刊行されたのだ。しかも“期待の新シリーズ”と帯で謳われているではないか。これはもう、長辻象平完全復活といっていいだろう。

 もちろんこんなに喜ぶのは、作品が面白いからである。本書の内容もそうだ。時は元禄。親の代から浪々の身で、本所の長屋で暮らす鮎貝伝八郎を、尾張藩の家老だという稲葉主膳が訪ねてきた。伝八郎を仕官させるというのだ。これに喜んだ伝八郎。だが招かれた先は、おんぼろ屋敷だった。しかも尾張藩の支藩になる予定で、領地もない、川田久保藩だというではないか。老獪な主膳に先手を打たれ、釈然としないまま、御納屋奉行になった伝八郎。そんな彼に剣難女難が襲いかかるのであった。

 御納屋奉行の役目は、魚市場で魚を召し上げること。要は無料で魚を取り上げるのだ。しぶしぶ仕事を始めた伝八郎は、鯛屋銀右衛門と、妹のお鉄と知り合う。だがそれにより、お鉄を狙う旗本奴と命のやり取りをすることになる。さらに、かつて暮らしていた長屋の大家の娘の誘拐事件にもかかわり、激しい斬り合いを繰り広げる。素直な性格だが、剣の腕は抜群の伝八郎が、同輩の唐牛又右衛門や門番の権助、友人の中山安兵衛(!)たちと、悪党たちに立ち向かう。どんな困難にも果敢にぶつかっていく、主人公の成長が爽やかなのだ。

 また川田久保藩の屋敷にも、なにやら秘密があるらしい。終盤で明らかになるが、かなり意外なものであった。そして川田久保藩が倒すべき真の敵も判明する。そう本書は、長き戦いの始まりを告げるプロローグなのだ。だからさらに期待が高まる。これから伝八郎たちが、いかなる活躍をするのか、楽しみでならないのだ。