ほぼ四年にわたって本誌に連載された喜国雅彦の読書コミック「今宵は誰と」の完結篇が刊行された。第二弾には後半の20話分が収録されている。

 主人公の加藤春男は転勤で福島にやってきた若者だが、暇を持て余して、それまであまり読んだことのなかった小説を読み、その面白さに引き込まれていく。最初は少々SM趣味のある部長に、次いで居酒屋で出会って意気投合した美女・惠(正しくは草冠に惠)の勧めで、春男の読書生活は充実したものになっていった。

 春男が一冊の本を読むと、その夜の夢に小説に出てきた女性が登場する、というのがシリーズの基本パターン。夢の中の美女たちは奔放で、小説のストーリーと春男自身の置かれた状況を踏まえて、さまざまなシチュエーションが描かれていくのだ。

 松本清張『鬼畜』、山田風太郎『甲賀忍法帖』、恩田陸『六番目の小夜子』、天藤真『大誘拐』のようなミステリ系の名作も取り上げられているが、これはむしろ少数派で、夏目漱石『草枕』、芥川龍之介『好色』のような古典文学からアンデルセン『マッチ売りの少女』のような童話、O・ヘンリー『賢者の贈り物』、ポール・ギャリコ『雪のひとひら』などの海外文学、金原ひとみ『蛇にピアス』のような純文学まで、とにかくジャンルの幅が広い。

 イヤミスの最高峰というべき山川方夫の傑作短篇『夏の葬列』や、著者自身の代表作であるコミック『月光の囁き』までもが料理されているのが凄い。

 友達以上恋人未満という感じの惠(草冠に惠)さんとの関係が、進展しそうで進展しないのがもどかしい。それでもすれ違いになると思われたクリスマス回では、クリスマス・ストーリーの定石通り、最後にささやかな奇跡が起こるのだ。

 春男の人間関係の変化が描かれる現実世界パートと、小説に登場した女性たちとの妄想が描かれる夢パートが、絶妙な形でリンクしていくところが、この巻の読みどころといっていいだろう。

 小説という虚構を楽しむ行為は、単に作り物の世界を体験することではなく、実際の人生にも影響を与えうる大きな力なのだ。喜国さんは、物語の持つ力そのものを物語にする、という離れ業に挑んで、見事に成功を収めている。

 この欄でシリーズ第一巻をご紹介したときの結びと同じことを、今回も言っておこう。本書は、読書好きなら満足間違いなしの傑作である。