本誌に長期連載されていた、門井慶喜の歴史小説が、ついに単行本になった。上下二段組で、五五七頁。これだけの枚数を費やして作者が捉えたのは、板垣退助の波乱に富んだ生涯である。

 土佐藩の上士の家に生まれた板垣退助(幼名・乾猪之助)。心を病んだ父親から虐待されていた彼は、札付きの悪童になった。何事もなければ天邪鬼の嫌われ者になったことだろう。しかし幕末へと向かう時代が、彼を変える。藩政を仕切る吉田東洋に見込まれ、前藩主の山内容堂に仕えるようになったのだ。上士ゆえに、土佐の志士たちと深く交わることはなかったが、倒幕の必要性を考えている退助。薩土密約を実現させ、しだいに注目されるようになる。

 やがて戊辰戦争が起こると、官軍の指揮官のひとりとして活躍。だが会津戦争の最中で、戦の非合理に気づいた。そして明治政府の要職を歴任するも下野。自由民権運動に身を投じるのだった。

 板垣退助は志士ではない。彼は幕末の動乱に、あくまでも土佐藩士としてかかわっていた。上士という立場ゆえのことだ。さらに時代の流れに直接介入するのは、薩土密約以後からといっていい。つまり幕末時代の退助は、主人公にしづらいのだ。

 その事実を作者は、逆手に取ったようである。父親の虐待により天邪鬼な性格になった彼は、時代を見抜き倒幕を主張しながら、どこか時流と距離を置いている。土佐藩の揺れる状況を描くときは、土佐勤皇党の武市半平太などにまかせ、退助は部外者となる。これにより彼の、時流に阿らない人間性が、巧みに表現されているのだ。

 そんな退助だが、戊辰戦争のときは時流に乗った。退助視点の会津戦争は珍しく、迫力に満ちた戦闘場面に興奮した。もっとも彼は、結果的に戦の無意味さに気づく。これもまた退助らしい。

 しかも明治の世になると、再び彼は時流から外れる。下野して高知に戻ると、自由民権運動に邁進するのだ。ここに元士族の救済を持ってきたのは、作者の炯眼である。明治初期には、さまざまな不平士族の乱が起こるが、それと一脈通じる新政府に対する怒りが、退助の行動に込められているのだ。

 土佐藩士・官軍の指揮官・自由民権運動のリーダーとして、彼は激動の時代を雄々しく生きた。その生涯を描き切った本書に、魅了されずにはいられない。