本誌に連載中のマンガ『今宵は誰と』がついに単行本化された。25話収録だから、まるまる二年分が入っていることになる。

 転勤で福島支店に配属になった主人公・加藤春男は、会社の借りているアパートに入居するが、引越し当日の夜はテレビもネット環境もなく、ひとり暇を持て余していた。そんな時、前の住人が残していったゴミの束から小説を見つけ、何の気なしに読み始めたところ、あまりの面白さに引き込まれてしまう。それは安部公房の代表作『砂の女』であった。その夜、春男は作品の世界に自分が入り込んだ夢を見るのだが……。

 前半で春男が一冊の本を読み、後半でそこに登場するヒロインと自分が絡む夢を見る、というのがシリーズの基本フォーマットだ。

 本誌の連載だが、乱歩『芋虫』、キング『ミザリー』、アイリッシュ『幻の女』、久作『瓶詰地獄』などのミステリ、ホラー系の作品は三分の一くらい。ツルゲーネフ『はつ恋』、コレット『青い麦』などの海外文学、宮本輝『泥の河』、田山花袋『蒲団』のような純文学、『ゲーテ詩集』、高村光太郎『智恵子抄』などの詩集まで、扱われる作品のジャンルが、とにかく幅広いのが特徴である。

 前半の現実世界パートで春男は、居酒屋で知り合った美女の勧めだったり、気分に応じてネットで検索してみたりと、さまざまなきっかけで本を選んでいく(会社の営業部長が谷崎潤一郎『痴人の愛』や蘭郁二郎『夢鬼』などSM要素のある作品ばかり勧めてくるのが面白い)。

 そしてメインと言うべき後半の夢パートは、エロティックだったり、不条理だったり、ユーモラスだったりと千変万化。このアイデアの豊富さは、流石(さすが)とうなるしかない。

 もともと喜国さんは、一世を風靡したギャグ漫画『傷だらけの天使たち』、アニメ化もされた『日本一の男の魂』から、シリアスなサスペンス『月光の囁き』まで、ひたすら面白いマンガを描き続けて人気作家になった人だ。そこに本誌連載の「本棚探偵」シリーズで、読書ネタのエッセイというまったく新たな鉱脈が発掘されたのである。

 つまり本書は、鉄板で面白い喜国マンガに「本棚探偵」で培った読書ネタが逆輸入された進化系の一冊なのだ。ラストに作品紹介と作者紹介が置かれ、あとがき代わりのひとコマ「キクニのひとこと」が添えられているのも洒落ている。読書好きなら満足間違いなしの傑作。