私立探偵といえば、都心に事務所を構え、様々な事情を抱えた依頼客へ応対する職業と思われるだろう。だが香納諒一が創造した辰巳翔一は、読者がイメージする探偵像を一新した。

 元々は新宿を拠点とした探偵兼カメラマンの彼は、ある事情から生活用品だけを千葉のアパートへ移し“さすらいのキャンパー探偵”として活動するという内容だ。フリーカメラマンとしての仕事も続けつつ、愛車のフォルクスワーゲン・タイプ2のボディ後方に《辰巳探偵事務所》という名称と携帯電話番号を書き、日本各地を走り回っている。

 キャンパー探偵シリーズは三部作構成で、第一弾『降らなきゃ晴れ』、第二弾『水平線がきらっきらっ』と続き、本作『見知らぬ町で』が掉尾を飾る第三弾である。

 三部作すべて、各地方で辰巳が首を突っ込む事件は限られた人間たちの中で起きる。証言の矛盾や人物同士の関係性を衝いて、真相を探り当てる。そこにはハードボイルド的な、度胸ある駆け引きと、本格推理顔負けの論理展開が、車の両輪のごとく存在する。もちろん、読者騙しのテクニックありきではなく、より人間味あふれる読後感を優先させていることは言うまでもない。

 本書の表題作である第一話「見知らぬ町で」を見てみよう。田舎町でワーゲンバスが故障した辰巳は修理工場へ持ちこむが、工場主の好意で、車ごと家に泊めてもらうことになった。工場の周辺で辰巳が接した、狭い人間関係の軋轢の中で、不審な転落死が発生する。

 第二話「夏の終わりのハーモニー」は、アウトドアテイストで始まる。新潟県の海岸で、ワーゲンバスの傍にキャンピングテーブルとチェアを出して夕暮れを楽しんでいた辰巳は、海岸に設置された地元FM局スタジオ荒らしの真相を探ることになる。

 第三話「道中記」はヒット曲の偽作詞家を追い求め、新潟から浅草、軽井沢、福井へワーゲンバスもろとも旅烏のように移動する辰巳と、依頼者の行動に注目だ。

 事件を解明した後、辰巳は必要以上に当事者へ寄り添ったりせず、自身の心情吐露へも至らない。第一話の最後でその心境を「ロマンチストではない」と自分に言い聞かせているほどで、ここにオーソドックスなハードボイルド精神が脈打っている。辰巳はそして、何事もなかったように愛車のエンジンをかける。日本のどこかで待つ、次の依頼者のため、今日も各地をさすらうのだ。