こかじさらのデビュー作『負けるな、届け!』(原題『アレー! 行け、ニッポンの女たち』)は、リストラされたアラフィフ女性が、フルマラソンの応援をしたことで、前向きに変わっていく、熱く爽やかな作品だった。その作者の新作は、なんと難病物である。だが内容は、お涙頂戴ではない。こちらも、熱く爽やかな物語なのである。
広告会社のCM部で働く若手ADの岡本勘太郎は、子供の頃からの大のCM好き。仕事熱心で、周囲からは“カンタ”の愛称で親しまれている。理解のない上司に不満はあるが、趣味と仕事が合致している、今の生活が楽しくてしかたがない。
だが、視力の不調で病院に行くと、網膜色素変性症と診断される。数年から数十年をかけて視野が狭くなる難病であり、治療法がないという。一度は絶望しながらも、ディレクターとなり、CM制作を続けるカンタ。しかし会社は、彼を現場から遠ざけようとしていた。そのことをはっきりと知ったカンタは、頼れる仲間と共にチームを結成し、東京オリンピック・パラリンピックの公式スポンサーが開催する、CMのコンペに密かに参加するのだった。
よく、趣味を仕事にしてはいけないといわれるが、それは覚悟がない人向けの言葉だ。心の底から好きなことを仕事にできた人の人生は充実している。本書の冒頭のカンタを見れば明らかだろう。それだけに網膜色素変性症と診断された彼の絶望は深い。会社の誰にも相談できず、悶々としている姿は、読んでいて辛くなった。
そんな彼が、信頼できる医者や盲目の弁護士の話を聞き、しだいに立ち直る。仕事仲間に支えられ、心を揺らしながら、CMを作り続ける。そして会社に隠れてCMコンペに挑む。アグレッシブなカンタの熱気に、読んでいるこちらも熱くなる。
ところが本書は、CMコンペをクライマックスにしていない。コンペの結果は、読者自身に確認してもらうとして、その後のストーリーがあるのだ。物語は主人公が頂点を迎えたところで終わることが可能だが、現実はそれ以後も続くという、作者のメッセージだろう。カンタに寄り添いながら、実にシビアな扱いなのである。
だからこそ終盤の展開に、またもや胸が熱くなる。なにがあってもカンタは前に進むことをやめない。彼の生き方を通じて、さまざまな理由で社会生活に困難を感じている人たちを、作者は力強く応援しているのだ。