郷原宏と本誌のタッグとしては『清張とその時代』『日本推理小説論争史』『乱歩と清張』に続く文芸ノンフィクションの第四弾の登場である。いずれも豊富な資料を駆使して、意外な人物同士の邂逅や関係を浮かび上がらせるもので、山田風太郎の明治小説のような面白さがある。

 本書で描かれるのは、《銭形平次捕物控》シリーズの著者として有名な野村胡堂と、『一握の砂』で絶大な人気を誇る夭折の歌人・石川啄木の二人だ。この二人は岩手の盛岡中学校(現在の岩手県立盛岡第一高校)で一学年違いの同窓生だったのだ。

 彼らの前後の学年には、海軍大将から総理大臣になった米内光政、農林大臣の田子一民、三菱重工業社長の郷古潔、アイヌ語の研究で知られる言語学者・金田一京助、海軍大臣の及川古志郎、陸軍大臣の板垣征四郎らがおり、「盛中の黄金時代」と呼ばれたという。ちなみに彼らの十年ほど後には、宮沢賢治も盛岡中学に学んでいる。

 胡堂パートは本名の長一の時期からスタート。子供の頃はひ弱な体質だったが、家の土蔵でむさぼり読んだ『水滸伝』や黒岩涙香の面白さに惹かれ、小説家を目指すようになる。第一高等学校(現在の東京大学)に入学して入ったアパートでは、隣室に谷崎潤一郎がいたというから驚く。

 報知新聞に入社して記者となり、SF長篇『二万年前』で作家デビュー。あらえびす名義でレコード評論を執筆する一方、連作怪談『奇談クラブ』、伝奇小説『美男狩』などを次々と発表。「オール讀物」創刊号から連載を開始した《銭形平次捕物控》で国民的な人気作家となっていく。

 胡堂は学生時代に菫舟の名で俳句を詠み、一学年下の石川一に影響を与えた。この一が後の啄木である。啄木は才能あふれる愛すべき青年ではあったが、金銭にはルーズで金田一京助に頻繁に借金をしては踏み倒している。現在の額では百万円以上に当たるというからひどい。

 本書では彼らの青春時代が生き生きと描かれているが、啄木は明治四十五(一九一二)年、二十六歳の若さで世を去ってしまうため、単純な編年体にはなっておらず、戦後のエピソードを先に持って来るなど、記述にも工夫が凝らされている。

 本書を読んで、学生たちが実に気軽に同人誌を作るのに感心した。コピーなどない時代のこと、手書きの作品を綴じた一部だけの雑誌を回覧するのだ。こうした文学への若々しい情熱に満ち溢れた力作評伝である。