本書は、千野隆司の「おれは一万石」シリーズの第十弾である。ついに二桁の大台に乗ったが、それも納得。一万石のギリギリ大名・高岡藩の世子になった井上正紀が、藩の財政を立て直し、許せぬ悪党に立ち向かう。ユニークな設定と、痛快なストーリーが、どの巻でも存分に楽しめるのだから。もちろん本書も、抜群の面白さである。
前作で起きた盗米騒動は、正紀たちが海賊船を退治したことで、一段落した。だが、一味の幹部や悪徳商人は逃れ、米俵四千俵の行方も不明なままだ。そんなとき、水手の留次郎が殺された。正紀の親友で、高積見廻り与力の山野辺蔵之助が事件を追うと、留次郎が盗米の一件と関係があるらしいことが判明。さらに留次郎から話を聞いた、幼い息子・長松の命も狙われているようだ。蔵之助は、正紀の意を受けた家臣の植村仁助と共に、探索を続ける。
一方、正紀が気にかけている府中藩の行方郡三村で、一揆が再燃。村人たちが逃散覚悟で立ち上がった。藩の世子問題も絡まり、事態は紛糾。その行方郡に、盗米が隠されているのか? 老中の密命を受けた広瀬清四郎と、正紀の家臣の青山太平は、一緒に行方郡に向かうのであった。
本書では、二組のコンビが登場する。まず蔵之助と仁助だ。どちらもシリーズ第一弾から、正紀の奮闘を助けている人物である。読者にとっては、お馴染みの脇役といっていいだろう。それだけに、悪党に命を狙われた長松を助けようとする、ふたりの活躍が嬉しい。川船での追跡と戦いに、ドキドキハラハラしてしまうのだ。
次に、清四郎と太平だが、こちらは立場や目的が微妙に違う。とりあえずの共闘関係である。シリーズの中で存在感を示し、いつしか正紀に信頼されるようになった太平が、味方と言い切れない清四郎を気にしながら行動する。ここも物語の読みどころになっているのだ。
そして正紀は、彼らの背後に控えている。主人公を大きく動かさなくても、ストーリーに強く惹きつけられるのは、シリーズの積み重ねがあればこそだ。しかも終盤になると、満を持して正紀が立ち上がる。この展開が最高。さまざまなしがらみを抱えながら、頼りになる仲間たちと共に、自分の信じた道を進む正紀を、応援したくなるのだ。
なお正紀の妻の京は、現在、妊娠中である。今のところ順調だが、一度、流産しているので予断は許さない。ふたりの子供が無事に生まれるかどうかも、シリーズの注目ポイントになっているのである。