双葉文庫ルーキー大賞とは何か。WEBサイトから随時応募可能。そして選ぶのは編集者であり、面白ければ即決で双葉文庫から刊行されるという、実に今時の文学賞なのだ。また応募者はプロアマ問わず、第一回の大橋崇行、第二回の斎藤千輪と、すでに何冊も小説を刊行しているプロ作家が選ばれている。そして本書で、第三回の大賞受賞者となった中村あきも、二〇一三年に『ロジック・ロック・フェスティバル~Logic Lock Festival~探偵殺しのパラドックス』で、既にデビュー済みのプロ作家だ。今まで、ひと癖ある本格ミステリーを発表してきたが、本書は日常の謎を扱っている。新境地といっていいだろう。

 高校生になった小坂柚子子(ゆずこ)は、チェス喫茶『フィアンケット』を訪ねた。幼い頃に盗んでしまった、チェスの駒を返し、謝るためである。だが『フィアンケット』にいたのは、高校で隣の席の世野終だった。病気で入院中の祖父に代わり、臨時マスターをしている終は、柚子子を無料アルバイトとしてこき使う。

 というのが第一局「ビショップは密室の外」の始まりの部分だ。これで『フィアンケット』で働くようになった柚子子は、ある日、店で指されていたチェスの盤面図が、あり得ないものであることに気づく。この謎をあっさりと解く終は、まさに名探偵といっていい。

 続く第二局「アートクラブの不穏な噂が」は、三年生の美術部員の、突然の退部の謎が、第三局「赤ちゃん幽霊に子守唄を」は、学校に流れる赤ちゃんの幽霊の噂に柚子子がかかわり、終が真相を明らかにする。この中では、現実の社会問題が露わになる第三局が優れている。日常の謎といっても、けして内容は甘くないのだ。

 そして第四局「席替えで好きな人の隣になる方法」は、柚子子が親友の月待繭に頼まれた、クラスの席替えの不正(理由はタイトルから察してほしい)が、予想外の方向に転がっていき、第五局「チェックメイトにはほど遠い」の、柚子子と学校の将棋部部長とのチェス勝負に繋がっていく。なるほど、繭が将棋部という設定は、このための布石であったのか。しかも、チェスというゲームの特性を生かした柚子子の戦いが熱い。ここはチェス小説といっていいだろう。

 なお物語の締めくくりには、画竜点睛なサプライズが置かれている。最後まで作者の腕は冴えまくり、鮮やかなチェックメイトを決めてくれたのだ。