出版社勤務を経て、フリーライターをしていたこかじさらは、二〇一六年、『アレー! 行け、ニッポンの女たち』で作家デビューした。そのデビュー作を文庫化したものが、『負けるな、届け!』である。加筆修正があるので、単行本を読んでいる人も、もう一度手に取るといいだろう。

 五十路に突入した小野寺かすみは、二十五年勤めた広告代理店を理不尽な理由でリストラされた。そんな彼女に、陶芸教室で知り合った高橋夏子から、東京マラソンに参加する共通の友人の川内響子を応援しようという、誘いのメールがくる。特に気乗りのしないまま同意したかすみは、用意周到かつ準備万端な夏子に圧倒されながら応援をする。そして応援の力を感じると同時に、マラソンにも興味を覚え、フランスのボルドーで行われるメドック・マラソン大会に参加してしまうのだった。

 この小野寺かすみのストーリーを中心に、広告代理店を寿退社したかすみの後輩の島崎あかり、執拗な退職勧告を退けて会社に残る亀井千秋のストーリーが絡まってくる。そして物語はクライマックスの、館山若潮マラソンに向かうのだった。

 本書の裏表紙の紹介文に“応援小説”とあるが、言いえて妙である。リストラされて再就職も上手くいかないかすみは、大声で夏子を応援するうち、自らが励まされているように感じ、前向きになる。マラソンを始め、メドック・マラソン大会では、ランナーとして応援を浴びる。応援の力というのが、十全に表現されているのだ。

 その一方で、マラソンの楽しみも、しっかり描かれている。フルマラソンは厳しく辛い。メドック・マラソン大会で、ボロボロになってしまうかすみを見れば明らかだろう。だが、一期一会になるであろう他の日本人ランナーと励まし合い、途中で提供されるワインを楽しみに、42・195キロを走り切るのだ。何事かをやり切った充実感も、気持ちのいい読みどころになっているのである。

 さらに本書で感心したのが、広告代理店で人事部長をしている柳沢正の扱いである。かすみをリストラした柳沢は、あかりも寿退社の名目で会社を辞めさせていた。また千秋に対しても、執拗な嫌がらせをして、退社させようとしている。その悪役である柳沢も、館山若潮マラソンに参加していたのだ。走る彼を見て、かすみたちがどうしたか。どうか読んで確認してもらいたい。そこには応援の力を通じて人間を信じる、作者の想いがあるのだ。