第五回角川春樹小説賞を受賞したデビュー作『晩夏光』から、池田久輝はハードボイルドを書き続けてきた。だから作者のことを、ハードボイルド作家だと思っている人は多いだろう。しかし本書により、そのイメージが変わるはずだ。収録された四つの作品は、さまざまな方向性と可能性を示しているのだから。

 などといいながら、冒頭の「虹」は、端正なハードボイルドである。主人公は、寺の跡取りでありながら、ふらふら生きている深水朗。学生時代からの友人・大森将に頼まれ、彼の会社で臨時アルバイトをしている。さらに大森から、元恋人の清水佳織が、脅迫されているかどうか調べてほしいと頼まれた。しぶしぶ調査を始めた深水は、やがて意外な真実にたどり着く。少ない登場人物を活用し、二転三転するストーリーが素晴らしい。

 続く「影」は、ふたつの尾行調査を引き受けた「何でも屋」の俺が、思いもかけない事態に巻き込まれる。それぞれの尾行の裏にある真実も面白いのだが、本作の凄いのはその後だ。まさか、あんな結末が待ち構えていようとは……。ハードボイルドだと思っていたら、ダークなオチに震撼する。今年の、日本推理作家協会賞短編部門の候補になったというのも納得の秀作だ。

 第三話の「空」は、なんと青春小説である。題材は高校野球だ。ベスト16で地方予選を敗退した、大阪府立高槻中央高校。最後のバッターになった井崎進太は、こんなもんだと結果に納得していた。しかし副キャプテンの竹内拓也や、マネージャー兼スコアラーの平野彩子は、勝つことが出来たはずだという。その言葉の真意は何か。ミステリーの手法を取り入れたストーリーは、しかし青春小説として、見事な着地を見せる。こういうタイプの作品も書けるのかと、感心してしまった。

 そしてラストの「スターティング・オーバー」は、警察小説だ。二年前に退職した先輩の門田治郎から、行方不明の兄を捜している若者を紹介された、刑事の大橋弘樹。マイペースな若者に振り回されているうちに、予想外の事実を知ることになる。独自の方向に捻った物語から、門田と大橋の人間性を浮かび上がらせる手腕が鮮やかだ。

 このように本書は、従来の世界を深めた作品もあれば、新たな世界を広げた作品もある。そこで示された可能性から、今後、いかなる物語が生まれるのか。ますます池田久輝から、目が離せないのだ。