男たちが、ただ闘う。それだけで物語は成立する。夢枕獏の前人未踏の大河格闘小説「餓狼伝」シリーズは、最新刊となる本書でも絶好調。序章では、シリーズでお馴染みのカイザー武藤が、プロレスラーになるまでの経歴が綴られているのだが、これだけで興奮してしまう。ああ、カイザー武藤とは、このような男であったかと感じ入り、すぐさま物語の世界にのめり込んだのである。

 だから場面が、前巻で始まったカイザー武藤と猿神跳魚の試合の最中に戻っても、とまどうことはない。あくまでプロレスラーとして闘う、カイザー武藤の心中を表現した“おれの身体は、隅から隅までプロレスでできている”という一文には胸が震えた。周知の事実だが、作者はプロレスの熱狂的なファンである。そのプロレス愛が、カイザー武藤の闘いに詰まっているのだ。

 とはいえ、この闘いは本書の幕開け。その後、マンモス平田と大龍山の闘い、姫川勉とマカコの闘いが、立て続けに描かれる。そして本書のメインイベントというべき、立脇如水と葵文吾(今頃になって気づいたが、この名前は川口松太郎の『新吾十番勝負』の主人公・葵新吾をもじっているのだろう)の死闘に突入するのだ。

 たっぷりと枚数を費やして書かれたこの闘いが、とにかく凄い。それほど目立つ存在ではなかった如水だが、フルコンタクト空手の北辰館に入門するまでの経緯が描かれ、いっきにキャラが鮮やかになった。自分の父親を殺し、丹波文七との再戦に燃える文吾は、以前からキャラが立っている。そんなふたりが激突。交互に視点を変えながら進行する闘いは、肉体のぶつかり合いであると同時に、何手も先を読む頭脳戦になっているのだ。その果てに文吾がたどり着いた場所が、ぶっ飛んでいる。数十年にわたり格闘小説を書き続けてきた作者だからこそ、到達した描写であった。

 これだけで大満足なのだが、作者は終盤で、新たなキャラを投入する。翁九心という、謎の老人だ。やはりシリーズでお馴染みの梅川丈次と闘わせることにより、九心の他と隔絶した強さを表現。早くも次巻への期待が高まった。

 作者は本書の「あとがき」で“最終トーナメントに、すでに突入しているのである”と記している。だが、物語の行方は予断を許さない。餓狼たちの闘いが、どのような決着を迎えるのか。ひとりの観客として、最後まで見届けたいのである。