千野隆司の人気シリーズの第三弾が刊行された。ご存じの人も多いだろうが、まずは基本設定をおさらいしておこう。主人公は美濃今尾藩竹腰家の次男に生まれ、下総高岡藩に婿入りして世子になった井上正紀。しかし高岡藩は一万石であり、一俵でも禄高が減れば大名ではなくなってしまう。そんなギリギリ藩だけに、財政も問題だらけ。高飛車な妻の京との関係に悩みながら、時には命を懸けて、正紀は藩のために奔走する。
その努力が実って、物品の中継所として整備した高岡河岸が機能し始めた。ところが廻船問屋の戸川屋から、借金百二十七両の返済を求める書状が届いた。前作の騒動で痛い目を見た戸川屋の嫌がらせだが、借金は本当のこと。かくして正紀は、またもや金策のために奔走することになるのだった。
一方、正紀の友人で、高積見廻り与力の山野辺蔵之助は、人手不足により、殺人事件の探索に駆り出される。やがて播磨龍野藩が特産品にしようとしている淡口醤油を積んだ荷船が行方不明になっていることが判明。金策のために荷船を捜すことになった正紀たちと協力しながら、事件を追うのであった。
大名家が借財に苦しむ話はよくあるが、百二十七両というのは、なんともみみっちい。でも、最低限の石高のギリギリ大名である高岡藩にとっては大金だ。翻って現在の日本を見れば、毎月が自転車操業で、数万円の金に汲々としている人は、いくらでもいる。高岡藩の置かれた状況と、よく似ているではないか。だからこそ正紀たちの奔走に、深く共鳴してしまうのだ。
しかもストーリーが面白い。正紀たちの金策と、蔵之助の探索が絡まり合い、しだいに敵の姿が明らかになっていく。そしてクライマックスでは、船によるチェイスと、激しいチャンバラに突入するのである。それに加えて、ピンチをチャンスに変え、高岡河岸を発展させようとする正紀の努力や、彼の供侍をしている植村仁助の見せ場など、読みどころは満載だ。
さらに主人公夫婦にも注目したい。女性への気遣いが苦手な正紀と、高飛車な京。何かと食い違い、ぎくしゃくすることが多い。でもふたりは、相手のことを想い、藩の未来を切り拓いていく。徐々に手を携え、一緒に困難に立ち向かっていく、夫婦の在り方が微笑ましい。ここもシリーズの、大きな魅力になっているのである。