若き蘭方医・宇津木新吾を主人公にした、小杉健治の人気シリーズの、第十一弾が刊行された。松江藩のお抱え医師を辞め、半年の約束で牢屋医師になった新吾。前作では牢内の現実に悩みながら、納得できないことを、とことん追究した。その姿勢は本作でも変わらないようだ。
旗本の当主・長尾久兵衛が、若党の赤城文太郎に斬られたが、新吾の師の村松幻宗の手当てにより一命をとりとめた。文太郎もすぐに捕まり、牢送りとなる。しかし病で、余命幾ばくもない。牢医者として文太郎を診た新吾は、事件の話を聞くが、何かを隠しているようだ。さらに文太郎から、丑松という男への伝言を頼まれる。だが会うことができず、その後、丑松は死体で発見された。
一方、牢内では、囚人を他の囚人が殺す“作造り”が横行。一日で三人が殺される。しかし三蔵という囚人は、なぜか通常の作造りと違い、身体を殴られていた。作造りを黙認している牢内の常識に怒りながら、この件も気にかける新吾。やがて三蔵が元岡っ引きであることが分かる。やがて三年前の押し込みに絡んで、すべての事件が結びついていくのだった。
蘭方医として、さまざまな体験をしてきた新吾だが、いい意味での“青さ”を失っていない。だが現実は、正しさだけでは回らない。作造りに対して、打つ手は思いつかないでいる。文太郎を通じて露わになる、終末医療の問題にも正解はない。おまけに医者としての理想を追って、家計は火の車だ。それでも自分の道を信じて進む、主人公に感情移入してしまう。なぜなら医者とは、このような人であってほしいからだ。ここにシリーズの魅力がある。
もちろんミステリーの面白さも見逃せない。今回の事件は、かなり複雑なのだが、新たな事実を随時提出することで、すんなり理解できる。三年前の事件で文太郎が果たした役割など、そうだったのかと驚いた。文太郎が何を企んでいるかという興味で、最後まで興味を引っ張る、ストーリーも巧み。ベテラン作家の手練が堪能できるのだ。
また、無料で診療所を経営する幻宗の謎や、シーボルト事件によって牢に入った土生玄碩の不可解な態度など、シリーズを通じての読みどころも多い。熱心な懇願により、松江藩のお抱え医者に復帰することになったが、そこにも何やらありそうだ。次巻から新たな展開を迎えそうなシリーズがどうなるのか。ますます続きが、楽しみでならないのである。