一万石のギリギリ大名・高岡藩の世子として、藩財政の立て直しに奔走する井上正紀。彼と仲間たちの活躍を描く、千野隆司の「おれは一万石」シリーズの、第十五巻が刊行された。高岡藩も属する尾張徳川一門は、独善的な政策に邁進する老中首座の松平定信を見限った。しかし前巻で定信は棄捐の令を実行し、江戸の経済は冷え込んでいる。
その流れを受けて本書では、尾張藩主の徳川宗睦が、一度は袂を分かった反定信派の大奥御年寄・滝川と接近。正紀は伯父の宗睦から命じられ、見事に滝川の接待役を果たした。そして宗睦から新たに、ふたつの土地問題に関する依頼を受ける。ひとつは滝川が持つ拝領町屋敷が、何者かに嫌がらせを受けているというもの。嫌がらせを何とかし、屋敷の借り手を探せというのだ。
もうひとつは、尾張徳川一門の旗本で、御幕奉行をしている三宅藤兵衛の件だ。金に困っている藤兵衛は、拝領屋敷を交換する、『三方相対替』をしようとしている。この件に問題がないかどうか、注意を払ってほしいとのこと。さっそくふたつの問題を調べ始めた正紀だが、江戸が嵐に襲われた。滝川の拝領町屋敷を守ろうと、土嚢を積んだ船で駆けつけると、賊が門を破壊しようとしているではないか。これを蹴散らした正紀は、高潮の被害で壊れた、おびただしい船を見て、新たな商いを思いつくのだった。
シリーズを通じて、さまざまな江戸の経済活動を描いてきた作者は、今回、土地問題に注目した。滝川の拝領町屋敷と、藤兵衛の『三方相対替』。ふたつの件から、江戸の住宅事情や土地問題が見えてくる。ここが本書の読みどころだろう。
しかも作者は、もうひとつの題材を投入する。高潮被害から正紀が思いついた、ご府内用の船問屋だ。壊れた船を修理して活用すれば、新たな商いになるのではないか。しかし貧乏な高岡藩は、自力ではどうすることもできない。幾つもの困難を乗り越え、協力者を得て商いを実現しようとする、正紀たちの奮闘が楽しいのだ。
さらに、ある人物の行動により、正紀たちは苦々しい思いを味わうことになる。この展開は予想もしなかった。先の読めないストーリーは、だからこそ面白い。
なお本書は、二組の親子の関係もポイントになっている。また、正紀が外出の供を、江戸家老の息子にして、その成長を促している。さまざまな味わいが詰め込まれた、充実の物語なのだ。