興奮している。千野隆司の「おれは一万石」シリーズ第十三弾となる本書を読んで、とにかく興奮している。尾張一門の出だが、一万石のギリギリ大名・高岡藩の世子となった井上正紀。藩の経済を立て直しながら、頼もしき家臣や仲間たちと共に、さまざまな敵と戦ってきた。その活躍を描いた物語の面白さは、あらためていうまでもないだろう。だがシリーズのスケールが、ここまで大きくなるとは思わなかった。本書から、新たなステージに突入したと断言したいのである。

 天皇と将軍が絡んだ尊号一件で、老中首座の松平定信は、徳川家斉や一橋家と深い溝を作った。また、新たな政策として棄捐の令を計画しているようだが、長い目で見れば愚策である。以上のことから、やがて定信が失脚すると確信した尾張一門は、彼を見限ることにした。尾張一門の尖兵の地位にある高岡藩も、当主の井上正国が病気を理由に、奏者番を退くことになった。

 だが、定信の意を忖度した旗本の園枝仁之丞と、薪炭問屋の主人の柴垣利右衛門が、独自に動き出す。高岡藩に不祥事を起こし、正国の辞職を病気ではなく失態によるものとしようとするのだ。正紀の信頼する家臣を罠に嵌めようとして失敗した園枝たちは、とんでもない攻撃を高岡藩に仕掛ける。

 その攻撃というのが、藩の上屋敷への付け火である。たとえ放火であっても、門が焼け落ちたり、周囲に延焼すれば、藩の落ち度となる。この騒動に藩士が一丸となって消火活動に従事する。いや、藩士だけではない。正国の妻で、いつもは掛け軸のことしか興味のない和が、一喝によって浮足立っていた侍女たちを鎮める。正紀の妻の京は、握り飯を用意する。みんなが己のベストを尽くし、藩存亡の危機に立ち上がるのだ。この展開が熱い。ページを捲くりながら、自分の心拍数が高くなるのを感じたほどだ。

 しかも読みどころは、これだけではない。藩の敵を正紀たちが追い、さらにクライマックスには、迫真の剣戟場面まで控えているのだ。最後の最後まで、テンションの高いストーリーを堪能できるのである。

 ひとつの戦いは終わった。しかし定信との対立が明確になった高岡藩はどうなるのか。嬉しいことに本書に続けて、すぐさま第十四弾が刊行されるという。幕閣の権力者に屈することなき、高岡藩の面々の次なる戦いを、楽しみに待ちたい。