第三十四回小説推理新人賞受賞作家である加瀬政広が、二〇一五年に刊行した『なにわ人情謎解き帖 天満明星池』は、ユニークな捕物帖であった。舞台は幕末の大坂。西町奉行所吟味役同心の鳳大吾と、死者の口寄せをする梓巫女見習いで盲目のお駒がコンビを組み、様々な事件を解決するのだ。収録された五篇は、どれも面白いのだが、特に感心したのが「澪標盗人」である。プチャーチンの来航と、御寮人の死体消失事件を結びつけた、優れた作品だ。

 そしてこれを読んで、本シリーズの独自の魅力が見えた。大坂の幕末史だ。大坂の人々にとって黒船来航は、ペリーではなく、プチャーチンだったのではないか。土地によって起きる事件や騒動は違い、したがって各地の幕末史がある。それを巧みに使えば、今までにない捕物帖になると確信したのだ。この期待は、文庫オリジナルで刊行された、シリーズ第二弾の本書で叶えられることになる。

 嘉永七年(一八五四)十一月五日。遠島になる四人の囚人の護送を、鳳大吾は頼まれた。しかし地震による津波により、一緒くたに流される。なんとか無事だった大吾だが、四人の行方が分からない。七日のうちに見つけないと切腹だといわれた彼は、見届け人の伊吹兵庫と共に、四人を捜す。眼の手術をしたばかりで生死不明のお駒を気にかけながら大吾は、荒廃した大坂の町を走り回るのだった。

 冒頭で起きる地震と津波は、現在、安政南海地震と呼ばれている。この災害を物語の土台としたところが、本書の肝であろう。また、長州藩士の桂小五郎など、実在人物も登場。幕末の大坂が鮮やかに表現されているのだ。

 さらにストーリーがいい。大吾のタイムリミットでサスペンスを盛り上げながら、ミステリーの要素もたっぷり盛り込んでいる。第一章では、今この時の大坂でなければ成立しないトリックに感心し、そのすぐ後の意外な謎解きに驚く。この他にも、さまざまな謎が鏤められており、ワクワクしながら読むことができるのだ。

 その一方で、人々が見せる人情も忘れられない。タイムリミットが迫ることを承知しながら、被災者を助けようとする大吾。物語の途中で助かったことが判明したお駒は、眼が見えるようになり、被災者のために働く。大吾を苛立たせる、皮肉な発言ばかりの兵庫も変わっていく……。大坂の町に生きる者たちが、優しさで繋がり、災害を乗り越えようとする。ここも本書の、大切な読みどころといっていい。