夢枕獏の大河格闘小説『新・餓狼伝』の最新刊が出版された。寝技研究会を主宰している隅田元丸と、謎の格闘技「菊式」を使う姫川源三が試合をする冒頭から、物語はヒートアップ。作者は、格闘技という名の思考の海を持っているのだろうか。そこから湧き出たような文章で綴られる闘いの描写に、熱くならずにはいられない。
だが、この試合はプロローグ。本書のメインは、源三と、格闘技で“世界征服”を目指すという磯村露風の対決だ。紆余曲折を経て、アンダーグラウンドの世界で行われる賭け試合「闘人市場」にエントリーしたふたり。さらに主人公の丹波文七が、試合のレフェリーをやる。
いやいや、それだけではない。巽真・松尾象山・姫川勉・関根音・土方元……。シリーズでお馴染みの人物が、それぞれの理由で会場に集結する。どうやら暗器の重明こと久我重明もいるらしいというのだから、オールスター・キャストもいいところだ。
そのような面々に見つめられた源三と露風の試合だが、これが“凄怖い”などという新語を作りたくなるほど、凄くて怖い。どちらもオヤジと呼ばれるような年代だが、それだけに試合運びは強(したた)か。レフェリーの文七を利用する場面など、そういう手もありかと感心した。二転三転する闘いの行方は、手に汗握る面白さだ。そんな激闘の中で、存在感を発揮する文七も恰好いい。
さて、ふたりの試合の結末については、ここでは書かない。どうか読者自身の眼で確認してもらいたい。ただ、これはいってもいいだろう。試合後に、驚くべき展開が待ち受けているのだ。なんと「菊式」の秘密が明らかにされるのである。天皇家の人々を護る者たちに伝えられてきたという「菊式」。異様な数々の技の正体と、源三が持っていた『秘聞帳』に何が書かれているのかが、ある人物の口から語られるのである。
しかも「菊式」関係のあれこれは、ここで決着したようだ。長きにわたりストーリーを引っ張ってきたにしては、いささかあっけないと思ったが、「あとがき」を読んで納得。「この物語も、いよいよ、最終局面に向けて動きはじめた」とあるではないか。おそらく作者は、格闘技に物語を絞り込むため、「菊式」関係にケリをつけたのだろう。
ああ、ついにシリーズはここまで来た。積み重ねた物語の果てに、文七たちがどのような闘いを見せてくれるのか。今から楽しみでならない。