憧れの男性教師に思いを告白した女子中学生。先生からの返事は「五年後に言うてくれたら嬉しいのに」。

 その話を聞いた先輩教師の安崎華が本人に確認すると、五年も経ったらこんなこと忘れてるだろうからと軽い言葉が返ってきた。本当にそうだろうか? 華の脳裏には、かつて同じ言葉を口にした夫のことが浮かび……。

 第四十回小説推理新人賞を受賞した短編「五年後に」の始まりの場面だ。華に何があったのかが少しずつほのめかされ、薄皮を剥ぐように物語の輪郭が見えてくる。

 そして何が起きたのか一本の線でつながったとき──周囲の気温が、下がったような気がした。人が背負う「業」をこんなに静かに、そして細やかに描けるとは。

 本書には表題作の他に三編の短編が収録されている。

 四方を川と運河に囲まれた町の渡船場で毎日息子を待っているらしい老女と、統廃合が決まっている中学で教鞭をとる教師の交流を描いた「渡船場で」。

 四十年前に二日間だけ家出したことのある母。その時に会っていたと思しき相手の手紙を見つけた娘は、余命わずかな母のためにその人物に連絡をとるが……。親が親になる前の人生に思いを馳せる「眠るひと」。

 中学時代に親しい友人がいじめの標的になり、何もできなかったことを悔いている教師が、自分のクラスでいじめの萌芽に気づく「教室の匂いのなかで」。

 各編に共通しているのは、いずれも主人公が教師であるということだ。教師と生徒の関係が物語の中核にある「五年後に」、校内が舞台の「教室の匂いのなかで」はもちろんだが、主人公自身の思いをテーマにした他の二作も、職場での悩みや家庭に問題のある生徒とのエピソードなどが主人公の個人的な物語と並行して綴られる。なぜか。

 教師というのは、自分が通り過ぎてきた時期と向き合う仕事だから、である。これは他の職業にはない特徴だ。

 自分が経験した年齢が、自分が経験した青春が、その痛みが、足掻きが、諦めが、目の前にある。それは毎年、自分の瘡蓋(かさぶた)を剥がし続けるに等しい行為なのかもしれない。本書の主人公たちが自分に重ね合わせているのは、自分の生徒であると同時に、当時の自分なのだ。

 彼らは生徒を見て、自分に重ね、そして今の自分を再構築する。そうすることで、人は過去の自分を乗り越えられるのだと伝えてくる。その先にあるものは、清々しい救いだ。実力派の登場である。