菩提寺である浄心寺の改築のため、本家の浜松藩井上家から、分担金二百両の供出を求められた、高岡藩井上家の世子の正紀。同じ分家の立場にある下妻藩井上家の世子・正広と共に金策に走り、なんとか二百両を作った。というのが千野隆司の「おれは一万石」シリーズ第四弾の粗筋である。だが菩提寺改築は、ここからが本番。前作の流れを受けて正紀は、さらなる困難にぶつかっていく。

 なにしろ今回の一件には、正紀と正広を世子の座から引きずり降ろそうという、本家たちの陰謀があった。さらに材木商と組んで、己の懐を肥やそうとする、薄汚い狙いもある。それに絡んで殺人事件まで起こり、正紀の友人で高積見廻り与力の山野辺蔵之助が探索を進めている。

 このような錯綜した状況の中を、正紀が突っ走る。陰謀を企む者たちのちょっかいを躱し、ついには送られる材木を守るために旅立つのだ。一万石のギリギリ大名である高岡藩のため、許せぬ悪に立ち向かう。果敢な正紀の行動が、気持ちのいい読みどころになっているのだ。

 さらにいえば、本シリーズのチャンバラは、水上で起きることが多い。今回もそうだ。川を使って送られる材木を巡り、襲いくる敵と正紀が、激しい斬り合いを繰り広げるのである。そうした水上の闘いを通じて、水路が当時の物流の動脈になっていたことが理解できるようになっている。経済に強い作者ならではの、チャンバラ場面の設定といっていい。

 その一方で、正紀と京の、夫婦関係も見逃せない。前作で大きな悲劇に見舞われた京。普段の高飛車な態度も鳴りを潜めてしまった。だが、この悲劇が、彼女を成長させる。今までも正紀に協力してきた京だが、本書ではより積極的に動くのだ。夫の苦労は、自分の苦労であるという、妻の覚悟が生まれたからである。そんな京を見て、正紀の心も彼女に寄り添った。ようやく本物の夫婦になりそうだと、シリーズのファンならば、嬉しくなることだろう。

 本書によって、目の上のたん瘤(こぶ)ともいうべき存在が消えた。だからといって、高岡藩の貧乏体質がなくなったわけではない。少しずつ改善しているとはいえ、藩の運営が好転するには、まだ先が長そう。これからも、幾つもの試練を乗り越えていかねばならないはずだ。

 だがそれは、読者として歓迎すべきこと。正紀と高岡藩には悪いが、シリーズが続くために、これからも彼らが苦労することを、期待してしまうのである。