幽霊が見える少年と、見た目は怖いが、心優しき足場工事会社の男たち。怪異と謎解きが交錯する先に浮かび上がるのは、心の傷と再生の物語だ。ミステリーの手腕を存分に発揮しながら、“生きろ”という言葉の真意へと読者を導く、日明恩の異色のゴースト・ハンター小説『ヒマかっ! Get a Life!』。
 書評家・細谷正充さんの解説より、本書の読みどころご紹介します。

 

■『ヒマかっ! Get a Life!』日明恩  /細谷正充 [評]

 

 本書のタイトルを見て、一発でどういう内容なのか分かる人はいないだろう。作者が日明恩なので、ミステリーだと思う人も少なくないはずだ。確かに本書は、ミステリーの要素が濃厚。しかし、そう言い切る気にはなれない。なぜなら、物語の基盤は「ゴースト・ハンター」物であるからだ。作者は2008年に、死者の見える少年と、退職した元刑事を主人公にした、『ギフト』を刊行している。物語のテイストは違うが、本書はこれに連なる系譜の作品といえるだろう。

 

 さて、「ゴースト・ハンター」物といったが、主人公たちが幽霊を退治して、めでたしめでたしにはならない。それぞれのストーリーに曲折があり、話は思いもかけない方向に転がっていく。そこが本書の独自の魅力になっているのだ。

 内容に踏み込む前に、作者の紹介をしたい。日明恩は、神奈川県生まれ。日本女子大卒。小学生の頃から電車通学で、「ルパン」や「ホームズ」を読んでいた。また、小中学校の頃に、角川映画ブームがあり、父親が揃えていた高木彬光・森村誠一・横溝正史の文庫を手に取ったという。そんな作者が小説を書くようになった切っかけだが、『鎮火報』が出版されたときのインタビューで詳しく語っているので、引用させていただく。

 

「都筑道夫さんの小説が好きで、都筑さんの小説講座に友達と通っていたんです。当時、小説講座というものがよくわかってなくて、お話が聞けると思って申し込んだんですね。でも、小説講座だから何か書いて出さなければいけない。そうすると、次回、コメントを下さるんです。それでエッセイふうのお話を書いて出したんです。『作文に毛が生えた程度のものだね』と言われましたけど」

「それで、むきになって書いていたところはありますね。あの手この手で。最初はエッセイ的なものだったんですが、よく考えたら、都筑さんはミステリ作家なんだからミステリを持っていかないとダメだと思って、80枚くらいのものを2週間に1篇持っていってました。今考えると戦ってましたね。そのうち、都筑さんに『あなたは長いもののほうが向いていそうだから、書いてみたら?』と言われて、書き始めたのが『それでも、警官は微笑わらう』だったんです」

 

 小説講座に通っていたというと、当然、作家を目指しているのかと思ったら、そうではなかったというのが愉快である。ともあれ、このような経緯で書いた警察小説『それでも、警官は微笑わらう』が、第25回メフィスト賞を受賞。2002年6月、講談社から出版され、作家デビューを果たした。以後、デビュー作の主人公コンビを使い、「武本&潮崎」シリーズへと発展させた。また、消防士が活躍するミステリー「Fire’s Out」シリーズも刊行。他に、幾つかの単発作品も執筆している。そのひとつが、本書『ヒマかっ! Get a Life!』だ。第1話から第4話が「小説推理」2022年5月号~2023年1月号、第5話が双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」2023年1月~4月(月2回配信)にかけて連載された。単行本は2023年9月、双葉社から刊行されている。

 

 物語の主人公は、17歳の桧山光希だ。広島の廿日市市から家出し上京した。18歳の誕生日になったら、役所に分籍届けを出そうとしているので、家族と何らかの確執があるようだ。その誕生日まで、満喫に泊まり、図書館で時間を潰している。しかし、光希が家出していることを見抜いた、足場工事会社「須田SAFETY STEP」の須田社長に拾われ、見習い社員になるのだった。

 ただし光希には、大きな秘密がある。なんと幽霊が見えて、相手によっては意思疎通ができたのだ(触ることはできない)。いや、正確にいうと、幼い頃から幽霊が見えていたが、ある出来事により、今は見えなくなっている。

 足場工事の仕事はきついが、出会ったときに社長と一緒にいた、社員の奥隼人と頭島丈の世話になり、なんとか続いている。ふたりとも元ヤンキーのようだが、奥は陽気なあんちゃんで場の空気を明るくする。頭島は言葉遣いが丁寧で、周囲をよく見ている。亡くなった祖母から奥が相続したアパートで暮らすことになった光希だが、彼の入った部屋は、たまに勝手に電気が消えるという。スイッチやライトに問題はない。自身の体験から、幽霊の仕業ではないかと光希は思う。その部屋で、3人で歓迎会のようなものをしていると、電気が消えた。暗闇の中で頭島が捕まえたのは、やはり幽霊だ。なぜか頭島は幽霊が見えないものの、触ることができた。そして光希も、なぜか再び幽霊が見えるようになったのだ。頭島にボコボコにされ、光希と言葉を交わした幽霊は部屋から消える。以後、部屋の電気が勝手に消えることはなかった。──という話が会社の周囲で知られるようになり、3人に、幽霊絡みらしい件の解決依頼が、次々とくるのだった。

 

 本書を構成する大きな要素はふたつある。「幽霊」と「ミステリー」だ。まず「幽霊」に目を向けよう。そもそも本書に登場する幽霊は、どのような存在なのか。光希が体験から導きだしたことしか分からず、しかもどこまで当たっているかはっきりしない。非常にファジーなのである。また、悪霊のような幽霊もいれば、まったく違う幽霊もいる。たとえば第1話「なんか、ゴメン」で、洋服ダンスの扉を開ける幽霊はか弱く、頭島の行動で結果的に怯えさせることになった光希は、かえって申し訳ない気持ちになる。第3話「ざっけんな!」のマンションに出る幽霊などは、むしろ現在の住人のために奮闘している。幽霊が見えて話すことのできる光希が、そこに介入することで幽霊の事情が判明するのだ。時に光希たちと協力態勢になる、幽霊たちが楽しい。

 また、自分が幽霊を見ることができていたことを知られるのを恐れていた光希だが、奥と頭島を始め、周囲の人々がすんなりと信じてくれる。幽霊に触れる頭島が信じるのは分かるが、何も見えない触れない奥まで、当たり前に受け入れているのが、妙に可笑しい。だがそれが光希の救いになっているのだ。

 

 次に「ミステリー」である。第2話「しょーもなっ!」、第3話「ざっけんな!」、第4話「ヒマかっ!?」は、ミステリーの要素が強い。そこに幽霊を絡めることで、ユニークな物語になっているのである。特に第3話は、ストーリー展開が意外であり、そういう話になるのかと驚きながら、夢中になって読んでしまった。

 また、第1話で頭島が自身の行動を踏まえ、幽霊の正体にロジカルに迫っていく。第2話でも、幽霊の仕業かもしれない怪奇現象を、現場で綿密に調査。これを見た光希は“どこまでもアカデミックに取り組む頭島さんを僕は尊敬する。というより、前回の洋服ダンスのときもだけれど、今回もまたやっていることは警察の捜査と一緒だ”と思うのである。ミステリーの面白さも横溢。日明恩の手腕が、物語の中で十分に発揮されているのだ。

 

 さて、その他にも本書には、注目すべき要素が幾つかある。「家族」「成長」「仕事」などだ。まず「家族」だが、光希は親子の関係に問題を抱えている。分籍届けを出そうとする事情は、徐々に明らかになり、それにつれて母親の毒親ぶりが浮かび上がってくる(父親も親としての役目を果たしていない)。頭島の過去も壮絶。それ以外の人でも、親子の問題を想起させる文章が、ちらっと出てくる。本書は、毒親から逃れようとする光希が、「須田SAFETY STEP」という、新たなファミリーの一員になるまでの物語といってもいいのだ。

 これに関連して光希の「成長」がある。幽霊が見えなくなった出来事が、悔いになっている光希。だが、第5話「Get a Life!」で、ある幽霊とかかわりながら、彼は過去と向き合う。そして自らの過去を受け入れた光希の成長が、実に爽やかなのだ。

 さらに足場工事の「仕事」が、ちょこちょこと描かれている。足場工事の職に就くための条件など、知らないこともあって、興味深く読んだ。須田社長の職業倫理は、そのまま人間の生き方に通じ合う。幽霊やミステリーの要素を省いた、お仕事小説として書いても、面白い作品になったのではないか。そんな風に考えてしまうのである。

 

 最後に奥が、よく海外の映画に出てくる言葉について喋ることに触れておきたい。タイトルにある「Get a Life」もそうだが、奥が持ち出してくる言葉は、いつもふたつ以上の意味を持っている。ここに作者の意図がある。何かを決めるとき、何かを始めるとき、道はひとつだけではない。選択肢は複数ある。そして道を選ぶのは、自分の意思だ。光希が「須田SAFETY STEP」に入社したのは成り行きだが、そこからの生き方は自分で決めた。きっと奥と頭島も、そうなのだろう。だれだって幸せになるための選択肢がある。作者は本書で、このことも伝えたかったのではないだろうか。