2025年のベスト・ブック

【第1位】

装画=出口瀬々
装幀=川名潤

『帰れない探偵』
柴崎友香 著
講談社

【第2位】
『世界99』(上・下)

村田沙耶香 著
集英社

【第3位】
『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』

金原ひとみ 著
文藝春秋

【第4位】
『イン・ザ・メガチャーチ』

朝井リョウ 著
日本経済新聞出版

【第5位】
『#東京アパート』

吉田篤弘 著
角川春樹事務所

 

 2025年は、第一線で活躍する作家の新たな代表作がいくつも生まれた。

 

 まずは柴崎友香『帰れない探偵』(講談社)。著者初の探偵小説だ。「世界探偵委員会連盟」に所属している探偵の「わたし」は、急な坂のある街で停電が起こった日を境に、事務所兼住居にしていた部屋に帰れなくなった。地図を読むのは得意で、いつも道には迷わないのに、どんなに探しても住んでいた建物に通じる路地が見つからない。「わたし」は世界の都市を転々としながら、さまざまな依頼を引き受ける。魚のスープの作り方のメモが挟まった古本を探すとか、昔の写真に写っている場所の今の風景を撮るとか、読む本を制限されている14歳の女の子のために本を買うとか、依頼自体がユニークで引き込まれる。

 

 作中で提示された魅力的な謎は、すっきり解決されるとはかぎらない。しかし、“夜にならない夏の街”で観光客がなくした指輪の行方を探すエピソードや“太陽と砂の街”で巨大台風に遭遇するエピソードなど、ミステリとしても読みごたえがある。

 

 探偵になったあとの家だけではなく、生まれ育った国にも帰れない「わたし」の背景が明らかになるにつれて、自分の現在地について考えずにはいられない。実在する地名や具体的な時事問題も思い浮かぶ。現実の閉塞感を照射して、なおかつ「今ここ」だけではない世界の広がりを感じられる傑作だ。

 

『世界99』(集英社)は、作品が40を超える言語に翻訳され、国際的な人気作家になった村田沙耶香の集大成とも言えるディストピア長編。主人公の如月空子は、幼いころから一緒にいる人に「呼応」して、その場に合った「キャラ」をつくってきた。大学では「姫」、バイト先では「おっさん」など、自分を「分裂」させるうちに、空子は複数の世界をあたかも移動しているようになる。

 

 キャラを使い分けることによって、パラレルワールドを生きているような感覚を持っている人は現実にも少なからずいるだろう。空子の視点で世界を見ると、“本当の自分”なんて幻想だと思う。

 

 そして『世界99』でなんといっても強烈だったのは、「ピョコルン」の存在だ。ピョコルンは、パンダとイルカとウサギとアルパカの遺伝子が偶発的に組み合わさってできあがった架空の生き物。ふわふわとした毛とまん丸い目、白くて丸い鼻、歯が四本生えているピンク色の小さな口を持ち、短い4本の足でよちよちと歩く。〈強制的に可愛い〉ピョコルンは、人気のペットであり、空子の家でも飼われている。人間がピョコルンを性的対象化することで、ジェンダーロールと社会階層が変動するところは凄まじかった。

 

 凄まじいと言えば、金原ひとみ『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』(文藝春秋)。出版界の性加害問題を題材にした群像劇だ。著者のインタビューによれば、担当編集者に聞いた話が着想のきっかけ。文芸誌「叢雲」の元編集長・木戸悠介、木戸がかつて担当していた小説家・長岡友梨奈、木戸の息子で高校生の越山恵斗など、8人の視点で性的搾取の告発がもたらした波紋を描く。

 

 タイトルの由来はもちろん芥川龍之介の『藪の中』だ。同じ事件をめぐって関係者の語る真相が食い違う。木戸の話のあとに他の登場人物の話を読むと、あまりにもギャップがある。こういう認識の違いは現実にもある。長岡のパートに出てくる“悪のような正義感”という言葉も忘れがたい。

 

『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』は今の時代を感じさせる作品だが、朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)も、今だからこそ書かれなければいけなかった作品だ。あるアイドルグループの運営とその信徒気質のファンを軸に、“推し活”に熱狂する人々を描く。日本のファンダム経済と近年勢力を拡大している“メガチャーチ”(アメリカの巨大教会)のマーケティング戦略を重ねるくだりに膝を打った。

 

 推しを応援して一体感を得たときのたとえようもない幸福と、我にかえったときの地獄の解像度が高すぎる。推しがいる読者(わたしもいます)は、自分を客観的に見るとこうなのかと戦慄すること請け合い。

 

 グラフィックデザイナーユニット“クラフト・エヴィング商會”の一員としても知られる吉田篤弘は、世間の流行とは一線を画した懐かしくてチャーミングなもの、静謐で美しい世界を描き続けている。『#東京アパート』(角川春樹事務所)は、さまざまな人々が東京のアパートにまつわる記憶を語る短編集。

 

 何か不愉快なことに見舞われると、左のまぶたの筋肉が“さざ波”のように痙攣してしまう女性が風変わりなケーキを焼く隣人と出会う「天使が焼いた悪魔のケーキ」をはじめ、21の物語を収める。本書の登場人物の大半はひとり暮らしだ。ひとつひとつの部屋の窓にあかりを灯すように、作者は人々の孤独を照らしていく。登場人物がひとりきりで生きている寂しさを実感しながら、自由を大事にしているところもいい。

 

 たとえば「田中アパート」。隣に超高層ホテルが建っても立ち退かなかったアパートに起こった奇跡を、唯一残った住人である名刺屋が語る。移り変わりの激しい街で変わらない自由を選んだ人たちの話だ。