2025年のベスト・ブック

【第1位】

装画・装幀=柳智之

『神の光』
北山猛邦 著
東京創元社

【第2位】
『目には目を』

新川帆立 著
KADOKAWA

【第3位】
『彼女たちの牙と舌』

矢樹純 著
幻冬舎

【第4位】
『ブレイクダウン』

砂川文次 著
講談社

【第5位】
『さよならジャバウォック』

伊坂幸太郎 著
双葉社

 

 2025年はキャリア20年超のベテランが新たな代表作を発表する一方で、新鋭が各々の持ち味をそれまでとは違った形で発揮した一年でもあった。

 

 第5位の伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』(双葉社)はデビュー25周年を迎えた著者による書き下ろし長編で、過去作を想起させる部分もありつつ新たな驚きを提供してくれる作品だ。冒頭、量子という女性が誤って自分の夫を殺害してしまった場面から物語は始まる。図らずも殺人者となってしまった主人公を描く、スリラーとしては正統的な始まり方だなと思っていたら、あれよあれよという間に話は変な方向へと流れていく。そして読者の頭の中が困惑に満ちたところで驚愕の仕掛けが発動するのだ。小説としてはそれほど大部なものではなく、読者を驚かせる手管もシンプルといえばシンプル。だが、それ故に仕掛けが判明した時のストレートパンチを打たれたような感覚は清々しいものがある。題名に“ジャバウォック”とあるように、本書はルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』をモチーフにしているのだが、その使い方も実に上手い。著者の25周年を言祝ぐに相応しい1冊だ。

 

 うって変わって第4位の『ブレイクダウン』(講談社)は現代ではもはや珍しいとも言える正攻法の活劇小説である。作者は芥川賞受賞作家の砂川文次。芥川賞作家がアクション小説、と聞いて驚く方もいるかもしれないが、もともと砂川は軍事小説の要素を持つ作品も発表しており、『ブレイクダウン』のような娯楽活劇に振り切った小説を書くのはむしろ自然な流れとすら言えるだろう。舞台となるのは2001年の北海道で、兄を事故で失った陸上自衛官・市瀬のもとに佐川という大男が訪れ、兄は事故死ではなく殺されたのだと告げる場面から物語は始まる。兄の死の真相を知るべく市瀬は佐川とともに行動するが、この佐川が途方もない戦闘能力を持つ男で行く手を阻む敵を情け容赦なく倒していくのだ。近年、これほどまでに無双ぶりを見せつける活劇小説の登場人物はいなかったのではと思うくらいに圧倒的な存在感を放っている。キャラクターの魅力だけではなく国家と個人の関係を問う重厚なテーマを孕んでいる点も見逃せない。

 

 スケールの大きな活劇小説から一転、第3位は家庭のすぐ傍に潜む陥穽を描いたスリラーを。矢樹純『彼女たちの牙と舌』(幻冬舎)は受験を控える子供を持つ4人の母親を主人公にした長編犯罪小説である。受験生の母親が主役の犯罪小説って、いわゆるドメスティックスリラーみたいな作品なの、と思われる方がいるかもしれないが、おそらく頭の中にイメージしたものとはちょっと違う。どう違うのか、ということを説明して作品の魅力を伝えたいのだが、それは我慢しておきたい。なぜなら本書は物語の至る所にサプライズを仕込み、章が切り替わるごとに読者の不安が増幅するような展開が待つという、スリラーの骨法とサスペンスの技法の合わせ技で翻弄する作品だからだ。したがって右記の情報以外は全く入れずに読んで欲しい。矢樹はこれまで短編小説の名手という印象が強い作家だったが、本書で長編短編問わず優れたスリラーの書き手であることを証明した。

 

 俊英の代表作という意味では第2位の新川帆立『目には目を』(KADOKAWA)は必読である。過去に傷害致死罪で捕まった元少年Aが被害者遺族に殺されるという事件が発生する。どうやらAが過ごした少年院の仲間のうち、誰かが遺族に密告したらしい。果たしてAは誰で、密告した少年Bは誰なのか。この謎を核とした話が事件の取材記録という体裁で語られていく。誰が密告したのか、つまり謎解きミステリでいうところのフーダニットの変化形が描かれており、そうした謎解きの興趣に惹かれる形で最初は物語を読み進めていくはずだ。また、未成年犯罪と更生に関する問題なども浮かび上がるため、社会の厳しい現実を眺める小説として本書を鑑賞する読者もいるだろう。が、それだけではない。物語の途中で思わず声をあげて驚く様な趣向が施されており、巧緻な企みを持った作品である事が明らかになるのだ。新川はデビュー作『元彼の遺言状』などで強烈なキャラクターをフックにした小説の書き手、という認識が強いが、本書は見事にその印象を覆すだろう。

 

 さて、2025年のベストオブベストとして選んだのは北山猛邦『神の光』(東京創元社)である。デビュー以来、創意に満ちた物理トリックを生み出すことに情熱を注ぎ続けた“物理の北山”が、消失の謎を扱った物語ばかりを集めた謎解きミステリ短編集を出したのだ。まず驚くのは消えるもののスケールの大きさだろう。1編目の「一九四一年のモーゼル」では宝石装飾で彩られた部屋がある屋敷が消え、表題作ではネバダの砂漠のど真ん中にあったはずの街が丸ごと消える。消失劇を描いたエラリー・クイーンの名編「神の灯」へリスペクトを捧げつつ、更に規模の大きいマジックを編み出す姿勢には感服する。エドガー・アラン・ポーを題材にした「未完成月光 Unfinished moonshine」のように物語の趣向が多彩なのも良い。2025年のベストどころか、近年刊行されたミステリ短編集の最高峰と言えるだろう。