独り暮らしの老女宅に空き巣が入りブランド品が盗まれた。捜査三課の萩尾秀一と武田秋穂の調べで、盗まれたのは偽物だと判明する。老女は詐欺師に偽物を買わされており、二課詐欺担当が捜査に介入。萩尾たちと捜査方針で対立するのだが……。
大好評「萩尾警部補」シリーズ、ついに待望の初短編集! プロの泥棒たちとの攻防の先に、浮かびあがる事件の真相とは?
「小説推理」2025年11月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで、『職分』の読みどころをご紹介します。

■『職分』今野敏 /細谷正充 [評]
今野敏の警察小説シリーズ最新刊。警視庁捜査第三課の萩尾秀一と、相棒の武田秋穂が事件を追う
警察小説は数々あるが、窃盗事件を担当する刑事を主人公にした作品は珍しい。それが今野敏の「萩尾警部補」シリーズだ。最新刊となる本書には、短篇7作が収録されている。
警視庁捜査第三課の盗犯捜査第五係に所属する萩尾秀一は、窃盗捜査のベテラン刑事だ。まだ若い相棒の武田秋穂も、そろそろ仕事に慣れてきた。萩尾は、積み重ねた経験に基づく推理と、独自の人脈により、さまざまな事件の謎に迫っていく。
冒頭の「常習犯」は、世田谷区で起きた空き巣の事件現場を調べた萩尾が、犯人は常習窃盗犯の『牛丼の松』こと、松崎啓三だと見抜く。その数日後、空き巣の現場の比較的近くで、強盗殺人事件が起き、松崎が逮捕された。松崎の手口を熟知している萩尾は、彼が犯人ではないと確信し、秋穂と共に独自に捜査を始める。松崎と馴れ合わないが、どこか通じ合う萩尾の言動が読みどころだ。
続く「消えたホトケ」の謎は、密室状況の部屋から消えた死体の謎を、元窃盗常習犯の話を手掛かりに、萩尾が解き明かす。警察小説で本格ミステリーを軽々とやってのける、作者の手腕に脱帽だ。
その他の作品も面白いが、特に注目したいのが第六話の「粘土板」である。有名な伝説を持つ「ソロモンの指輪」盗難事件を描いた長篇『黙示』に出てきたIT長者の舘脇友久、美術館のキュレーターにして贋作師の音川利一、私立探偵の石神達彦たちが再登場。舘脇が2億円で購入した「ギルガメッシュ叙事詩」の粘土板の真贋を調べることになる。ちなみに石神は、異色の題材を扱った『神々の遺品』『海に消えた神々』で主役を務めている。個人的に好きな作品なので、脇役とはいえ姿を見せてくれたのが嬉しい。
そしてラストの「手口」では、奇妙な犯行予告と、バラバラの手口による連続窃盗事件で、犯人像も時代によって変化していくことを巧みに表現。一方で、秋穂の勘が冴えわたる。いぶし銀の萩尾と、成長していく秋穂の魅力が堪能できた。