●自分を責めない育児のために
思うようにいかない育児に苦しみ、自分の遺伝子のせいだと思ってどうしようもない気持ちになるときがあると思います。発育のどの程度が先天的なもので、どの程度が後天的なのか、1960年代から熱い議論が交わされていますが、厳密な判断はついていません。最近では50対50くらいと言われています。つまり、親の遺伝子で子どもの運命が決まる確率はせいぜい50%。遺伝子情報は子どもが持つトランプのカードになるだけで、カードの使い方まで決まってるわけじゃありません。
脳細胞が遺伝でプリ・インストールされたとしても、プログラムを動かすにはその後の入力情報が必要です。親が赤ん坊を抱き上げ、笑いかけたり、しかめっ面をしたり、歌を歌って聞かせたり、「ブー!」と声をかけたりする行為が、脳の回路にダイレクトにはたらきかけます。その後に出会う文化、環境、人間関係も大きな影響をおよぼしますが、極端に言えば、幼い頃のふれあいが子どもの人格形成を左右するのです。
だから、親になったら知っておいてほしい大事なルールが2つあります。今から紹介するルールを参考にしてください。
① 自分を知るべし
よい親になりたいなら、まず自分自身のことを知らなくては。
自分自身を知ろうとしない親は、知らず知らずのうちに、それまでの人生経験に引きずられた子育てをしているかもしれません。自分の欠点を投影したり、子どもを自分のコピーのように見て不出来を責めたり、もしくは、思いどおりに育てられると決めつけて生後3カ月から英才教育を始めたり……。
子どもとのかかわり方は、親自身の親とのかかわり方の影響を受けています。あなたが子どもの脳に刷り込みをしているように、あなたの親も、あなたの脳に刷り込みをしました。鏡を見てみてください。
「きみの母親と父親が きみの人生を台無しにした」
と、20世紀のイギリスの詩人フィリップ・ラーキンは言ってます。子どもの頭は降ったばかりの雪のようなものなのに、大人はそこに巨大な長靴でずかずか歩きまわり、足跡を残してしまうのです。しかも、あなたの親があなたに荷物をしょわせたように、彼らも自分の親に荷物をしょわされて、それがサルだった時代にさかのぼるまでずっと続いています。
こんな先祖代々の「欠点リレー」を止めたいなら、するべきことはひとつ。自分が不完全な人間であることを自覚して、それを意識していることです。
たくさんの思いやりと、そこそこの遺伝子と、思考の仕組みに関する多少の知識が親にあるのなら、子どもはきっと大丈夫。わが子が
正直言って、いつでも正しく健全に生きていくなんて、誰だって無理だと思います。でも挽回の方法はあるものですし、遅すぎることはありません。育児を考えるにあたり、子ども時代を振り返ってつらい体験ばかりがよみがえってきてしまうなら、親自身がカウンセリングを受けてみるのが助けになるかもしれません。
② 子どもは自分の延長線じゃない
赤ちゃんの頭がなんとも言えないほっこりした匂いがする理由は、ギャン泣きにキレた親が子をトイレに流したりしないよう、愛着を感じるために神様が加えた工夫だったのかもしれません。でも、生まれたばかりの特有の匂いは、だんだん薄れてきます。そうなっても親が関心を失わないように、今度は赤ちゃんを自分自身のコピーと感じる心が生まれるのではないでしょうか。だからついつい、
ところがその後、唐突に、子どもは自分自身ではないと気づかされるときがやってきます。こっちが考えもしない奇行をしたり、同じことを延々と繰り返したり。あなたが目に入れても痛くないと思っていた赤ん坊は、やがて恐ろしい暴君になって、騒いだり、自分勝手に動き回ったりするようになります。
この時点で、あなたにはふたつの選択肢が生じています――自分のコピーではないひとりの人間が誕生したことを万歳三唱で祝うのか。それとも、
わが子が生まれると、人はまず「この子は父親にそっくりだ」と思う傾向があるそうです(つぶしたプルーンみたいな顔が「父親に似てる」と思える理由は、父親が子を捨ててどこかへ行かないようにするための、生物学的な作戦です)。
それから、ちょっとした特徴を根拠に、将来は天才数学者になりそうだとか、テニスのスター選手になりそうだとか、思い込みます。本当は生まれた直後こそ赤ちゃんをありのままで見るべきなのに(自分が投影した姿を見るのではなく)、ヒトという種を存続させるための本能として、ピンクやブルーの毛布でくるまれた物体をポイッと捨てることのないよう、それが夢と希望のかたまりであると見るのです。この物体は次なる「わたし」であり、自分の遺伝子を未来へ運ぶ存在。つまり、親が子を特別視するのは、ありていに言ってしまえば、それが自分にとって得なことだからなのです。
私は今でも、あの声が聞こえてくる気がして、夜中にまったく眠れなくなることがあります。
母が愛していたのは遺伝子的な子どもとしての私であって、私個人ではありませんでした。しかも、母は美しかったのに、その複製であるはずの私はビーバーみたいな出っ歯。私が違う人格であることも理解してもらえず、いつも叱られてばかりでした。
当時は知りませんでしたが、私の母は極度の強迫神経症だったのです。私がまだ寝ていてもベッドメイクをせずにいられない人でしたし、私がフルーツを食べるときはあごの下にずっとナプキンを押しつけていました。私の下着はかならずきっちり古い順で並べて収納し、自分の膝と肘にスポンジをゆわえつけて、四つん
母と違う性質、習慣、考えをもつことは許されませんでした。たぶん、彼女には子どもではなく腹話術人形を与えておくべきだったんだと思います。そのほうが面倒はなかったでしょうに。
子どもに自分または何かを投影せず、そのままの姿で見て、愛情を注ぎ、本人の好みや性癖を尊重するよう(迷惑行為でない限りは)、どうか努力してみてください。頭ごなしの批判は必要ありません。大人になるにつれ、他人から批判される機会はいくらでもあるのですから。マインドフルネスの実践を通じて、子どもの気持ちを感じとろうとする親でいられるならば、その共感が子どもを守ります。将来、理不尽な批判や攻撃を受けたときにも、折れない心をもてるようになるからです。
マインドフルネス・エクササイズ
① 気づく
目の前にいる子どもの態度に何か言いたくなるときや、親であるあなた自身がキレそうになったときは、そのことに気づいてください(これができるだけでも勲章を75個もらってもいいくらい!)。ネガティブな思考で頭がいっぱいなら、そのまま子どもと会話を続けず、何か言い訳して別の部屋に移動してみましょう。
座って、1分間のマインドフルネスをやってみます(抗うつ剤やウォッカに頼るのは後回し)。頭の中の嵐が落ちついてきたら、子どものところに戻ります。本当はまだどこかへ逃げ出したい気分かもしれませんが、とにかく落ちつかなければ自分の問題は解決できませんし、子どもの問題も解決できないからです。
② ラベルをつける
子どもと一緒にいるときに(子どもじゃなくても、誰とでも)、激しい怒りや不安やイライラが込み上げてくるのを感じたら、今感じている気持ちに「ラベルをつける」という作業をしてみてください。
頭の中だけでもいいですし、紙に書き出してもいいので、その気持ちにひとつの言葉で名前をつけます。怒りで脳内にコルチゾール(※注1)があふれているときでも、怒る理由を言葉にまとめる作業をしていると、怒り自体のリフレインはいったん停止します。原始的な反応に流されず、「脳の理性的で思慮深い司令官」の前頭前皮質(※注2)をはたらかせているうちに、気持ちは弱まっていくでしょう。
(マインドフルネスと脳のはたらきについては『心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス』の第3章を参照してください)。
- 注1:副腎皮質ホルモンの一種で、ストレスを受けると分泌量が増える。そして、コルチゾールの分泌が増えると睡眠不足や、記憶を司る脳の部位「海馬(かいば)」の委縮を招く。
- 注2:知性や創造性、認知機能、感情などヒトとしての最重要の機能を司る脳の部位
- 注3:脳の「大脳辺縁系」の一部で、情動を司る小さなアーモンド状の神経細胞の集まり
③ ボディスキャンする
子どもと接しているときに、心のスポットライトを順々に当てていくイメージで、自分の
姿勢やボディランゲージには、思考の状態がにじみ出るものです。人間のコミュニケーションの85%は言語ではなくボディランゲージで行なわれています。爬虫類モード(注1)で反応していないかどうかチェックしましょう。もしそんな状態になっていたら、おそらく間違いなく、子どももあなたと同じように反応します。子どもは衝動的で感情で動く存在なのですから、親の不機嫌な態度を見たままに取り込んでしまっても、それを責めることはできません。衝動を抑える前頭前皮質をしっかり発達させるのは親の役目です。
(爬虫類モードについての詳細は、前掲書第3章を参照してください)
- 注1:「脳の三段階層説」でいう、原始的な欲求を司る爬虫類脳(=脳幹)が優勢な状態。
④ 自分に置き換えて考える
子どもがひどくイライラしていたり、怒ったり悲しんだりしているときは、子どもの気持ちを想像して、言葉でそれを投げかけてみてください。
たとえば、あなたの息子がボロボロの靴下を気に入っていて、抱いて寝る癖があったとします。あなたがそれを処分したことで怒り狂っているなら、「怒ってる理由がよくわかったよ」と言いましょう。
「たしかにいやな気持ちになるよね。母さんも6歳のときから履いてた靴下がすごく好きだったの。捨てる前にあなたに聞かなきゃいけなかったね」
息子さんの身になって、古い靴下を失った気持ちを感じてみてください。
子どもの性格は、幼い頃の親の接し方によって作られていきます。子どもは親の表情を
それを見ている子どもに同じ表情が伝わり、怒っていたことを忘れていきます。表情のほうを変えると、自然とそれにあわせた気分になることは研究によって明らかになっていますが、それを子どもの気分にも応用するというわけです。「ふりをしてるだけ」でも、意識的な「ふり」であれば、自分の心をマインドフルに見つめるのと同じことになります。
自分を振り返りながら子どもに接するなら、子どもの外面的な行動だけでなく、ひとりの人間としての考えにも注意を向けることができます。「あの子はあの子の考えがあるから」という言い方は、頑固で言うことを聞かないという意味で、皮肉として使われることも多いですが、これを文字どおりの意味で受けとめてみましょう。子どもの考えが自分とかなり違っていても、そのこと自体の
⑤ 1分間だけ言い分を聞く
「あんたが悪いんでしょ」
「ちがうよ、母さんのせいだ」
「いいえ、あんたが面倒を起こしたんです」
「それは母さんが悪いからだよ」
……トゲトゲしい言葉の応酬になってることに気づいたら、このエクササイズを試してみてください。
まず、親であるあなたが口を閉じます。スマホのアラームをセットするなどして、1分間、子どもの言い分を
その上で、言っている内容に注意を向けて、変化が起きていないか聞き取ろうとしてみましょう。うまくいけば、しだいに落ち着いてきて、態度や言葉が変わってくるかもしれません。このエクササイズなら、子どもに怒りを爆発させて疲れさせながら、同時に親もコルチゾールの洪水を抑えることができます。
⑥ 注意を集中する
私が考案したマインドフルネスの6週間コースでは、自分の身体感覚に注意のスポットライトを向けていくエクササイズを練習します(詳細は私が書いた『心がヘトヘトなあなたのためのオックスフォード式マインドフルネス』の第5章を見てくださいね)。それと同じように、今度は意識して注意を子どもに向けてください。言っている内容の細部を注意して聞きながら、どれくらい傷ついているか感じとります。絶対に、聞きながらスマホをいじったりしないこと。
うちの子たちは、ときどき小さかった頃の話を聞きたがります。思い出せないので一緒に昔のビデオを見るのですが、ビデオの中の私は、子どもが話しているときに、なかば心ここにあらずで聞いていたようです。
注意を集中すれば、コルチゾールの分泌が抑えられます。親が落ち着いていれば、子どもも落ち着きます。親がカッとしてアドレナリンを大放出すると、子どものアドレナリンも暴走するでしょう。愛情ホルモン(※注1)が親から出ていれば、子どもの愛情ホルモンもあふれてきます。
子どもに対して憎々しい気持ちや否定的な気持ちがわいてきたときは、本人が癇癪の真っ最中でも、視覚のマインドフルネスを手短に実践してみましょう。子どもの顔のパーツに意識を集中して、そこに注意の錨を下ろします。好奇心をもって、まるで初めて見るかのように、目や鼻や口を観察してください。
- 注1:アドレナリンやセロトニンと同じ、神経伝達物質のひとつオキシトシンのこと。出産や母乳の分泌に関わるとされ、一方で、ストレス軽減にも役立つため「幸せホルモン」とも呼ばれる
⑦ 手を出さない
子どもが泣いたり怒ったりしていると、親はなんとかなだめなきゃと思うものですが、その欲求を捨ててみましょう。
気持ちの抑え方は子ども自身が学ばなければならないのに、親がいつも手を貸していると、たとえば息子さんなら、大人になって結婚相手にママを求めるようになってしまいます。
思いやりを示すというのは、「あらあら、かわいそうに、ママはここよ」と過保護に同情しまくることではありません。甘やかして機嫌を直そうとするのではなく、子ども自身に、今の気持ちと向きあわせましょう。
親が理解をもっていること、そして感情の爆発は自分自身で対処できるものだということを示しながら、本人が自分で心の中を探れるように促します。気持ちから逃げずに向きあって、それはただの気持ちなのだから怖がらなくてもいいのだと学べるように。
子どもの年齢に応じて、親が担うべき責任の範囲も変わってきますが、基本はいつでも一緒です。愛情に条件をつけたり境界線を引いたりしないこと。子どもにお金をかけることが大事にしている証拠にはならないと心得ていてください。
【モデルケース】親と子のマインドフルな一日
あなたに小さなお子さんがいるなら、今、こう思っているかもしれません。
「マインドフルネスは結構だけど、どう活用すればいいの? 子育てしながらエクササイズなんかできるわけないじゃない。自分がシャワー浴びる時間だって確保できないのに。子どもがいてマインドフルネスなんか可能なの?」
今から紹介するモデルコースは非現実的かもしれないけど、とりあえず読んでみてください。おもしろがってもらえるなら、それはそれでいいと思います。
朝7時半
子どもを起こします。やさしく、時間に余裕をもって、朝の支度がバタバタしないように。声はソフトに、おだやかに(私は毎朝ねぼすけだったので、母に金切り声で名前を呼ばれ、まるで空襲警報で起こされる感じでした)。
8時
朝食。トーストや卵やシリアルの味を描写させてみましょう。
「
「口の中にある食べ物はどんな感じ?」
食事以外でも、毎朝する行動のひとつを選んで、あれこれ考えずにその動作を味わってみるよう水を向けてみてください。手を洗う、靴下を履く、ペットのワンコをなでる……。いつも新鮮に思えるように、毎日違う動作を選ばせてもOKです。
8時半
学校へ送る途中、「見つけたものなーんだ?」の遊び(※注1)をすることもあるかもしれませが、これを「聞こえてるものなーんだ?」でやってみましょう。何か意図的に注意を払うエクササイズです。匂いでもOK。ふだん意識して使わない微妙な感覚に集中してみることで、マインドフルネスを体験させます。
- 注1:対象の名前を言わず、ヒントを出して自分が何に注目しているか当てさせるゲーム
9時
授業の始まり。運がよければ、最近は学校がマインドフルネスの時間を取り入れているかもしれません。
16時
帰宅後に楽しむクイズとして、あらかじめお題を出しておきます。「休み時間に、雲は何個見えるかな?」「全体集会で、紫色の服を着てる人は何人いるかな?」「今日は何人の先生の笑顔を見た?」など。何か注意を向けるテーマを決めておいて、帰ってから報告を聞きます。親は子どもが話すことに好奇心を見せて、「もっとくわしく教えて」と促してみましょう。
19時
夕食の場では、議題を決めず、子ども本人が話したいことを気軽に口に出せる機会にしましょう。親は好奇心と関心を示すこと。でも根掘り葉掘り
親の疲れた反応を、子どもが自分に対するものだと勘違いしないように、そして、親にも感情があることを理解するように(あなたもときどきヒステリックに叱りつけることがあるでしょうから)。子ども本人の機嫌は、そのままにさせておきましょう。理由を言えと無理強いされずとも、自分から気持ちを話せるように。
20時
おやすみの時間。ベッドで読み聞かせする本に挿絵があるなら、それを見て、
「この子たちは、ほんとは何を考えてると思う?」
と聞いてみましょう。正解はないので、思いつくままに。表面に見えてこないものを感じとる練習です。テレビの音を消して同じことをしてもいいのですが、テレビの音消しはいやがるでしょうから、ほどほどに。