小杉健治の「蘭方医・宇津木新吾」シリーズは、前作の第七弾『売笑』から、セカンドシーズンに突入した。高き理想を掲げる蘭方医の青年・宇津木新吾が、松前藩のお抱え医者となったのだ。しかし松前藩には、不可解な暗雲が渦巻いていた。また、蘭方医の新吾を排斥しようという動きも強い。

 それでもお抱え医者を続ける新吾は、ある日、腹に傷を受けた藩士の手当てをするよう呼び出される。だが上屋敷に向かう途中、急病人を助けて時間を食った。やっと到着すると、すでに藩士の坂下松之助は死亡。しかも腹の傷は、切腹したものだという。どちらにしろ間に合わなかったことは明白だが、近習医の松本典善によって遅参が問題にされ、医療行為を禁じられてしまう。

 四面楚歌の新吾だが、加古田雄一郎という藩士から、奇妙な話を聞く。腹を切る前の松之助の部屋から、国元にいるはずの目付・岩尾重四郎を含む三人が出てきたというのだ。訝しいものを感じて調べ始めた矢先、雄一郎が殺された。これを機に新吾は、前藩主の死に関係した、凶悪な陰謀に立ち向かうことになるのだった。

 ふたりの患者がいたとき、どちらを優先するのか。作者はいきなり新吾に、難しい問いを突きつける。こうした医者の抱える本質的な問題が、本シリーズのひとつの読みどころになっているのだ。

 その一方で、ミステリーの面白さも充実している。新吾を排斥するための、えげつない陰謀。しかしそれは、おまけだった。本命の陰謀は凶悪だ。縁の深い公儀隠密の間宮林蔵のアドバイスを受けた新吾は、八年前の前藩主の死が事の発端ではないかと考える。藩士の真山卯之助の協力を得て、じりじりと真実に迫っていく。だが、さらに関係者が殺され、新吾も襲われる。先の読めないストーリー展開と、徐々に明らかになる事実に、ミステリー作家としての手腕が発揮されているのだ。

 それにしてもである。今回は新吾の、最大の危機といっていいのではないか。最初から藩での立場は最悪。正体不明の敵は狡猾。それでも陰謀を阻止しようとする新吾だが、さまざまな壁に阻まれる。残りページがどんどん減っても、一向に好転しない状況にハラハラした。

 だからこそラストの……、おっと、これは読んでのお楽しみ。作者の円熟の筆による物語が、とことん堪能できるのである。