ロックバンド「マカロニえんぴつ」の所属レーベル・TALTOの代表であり、プロデューサー兼チーフマネージャーの江森弘和氏による公式ノンフィクション『マカロニえんぴつ青春と一緒』が11月22日に双葉社より刊行された。
今や大人気バンドとなったマカロニえんぴつを発掘し、ブレイクに導いた江森氏。本書には、メンバーとの出会いや活動の軌跡、そして、これまでの明かされることがなかった秘話などが記されている。“マカえん”のファンはもちろん、音楽業界の内実を実感できるノンフィクション作品と言えるだろう。
記事=森朋之
トライ&エラーをずっと続けている
──「マカロニえんぴつ青春と一緒」が上梓されました。もともとはマカロニえんぴつのオフィシャルファンサイト『OKKAKE』で連載されていたコラムに加筆修正が加えられた作品ですが、“マカえん”とのストーリーを記そうと思われたのはどうしてなんですか?
江森弘和(以下=江森):ファンクラブを立ち上げたのは結成10周年のタイミングだったんですが、メンバーそれぞれのパーソナルな部分を公開するコンテンツを作ることになったんです。「どうせあいつら、更新のペース遅れるだろうな」というのはわかっていたので(笑)、メンバーに刺激を与える意味でも10周年の記念の意味でも自分も書こうと。マカロニえんぴつのこれまでの軌跡がわかるような内容にすればファンも喜んでくれるだろうし、ちょうどいいなと思ったんですよね。定期的にアップしているうちにこちらもペースを掴んできたし、ファンの人たちだけじゃなくて、イベンターさんや媒体の方からも「面白いですね」とか「楽しみにしてます」と言われるようになって。メンバーも読んでくれて、SNSに感想をあげてくれたり、けっこう話題になったんですよ。そのタイミングで双葉社さんから書籍化のお話をいただいて、今に至るという感じです。
──本にも詳細に書かれていますが、マカロニえんぴつをマネージメントし、音楽レーベルTALTOを立ち上げることは大きな決断でした。
江森:そうですね。前職のときに東京カランコロン、SAKANAMONとは一緒にやっていて。マカロニえんぴつを含めて3バンドでTALTOを立ち上げたんですよ。そのタイミングはかなりセンシティブだったし、本のなかではフワッとさせている部分もあるんだけど、すべて嘘偽りなく書いてます。業界的にもちょっと話題になっていたし、丁寧に物事を進める必要があったというか。まあ、結局は人と人というか、自分自身が信頼されるかどうかの話なんですけれどね。そういうことが書けるのも、マカロニえんぴつが良い形で10周年を迎えられたからなんです。さいたまスーパーアリーナでライブをやったりとか、着実にステップアップしてきたからこそ、昔の話も良い思い出として昇華できてるというか。
サティが抜けて、マカロニえんぴつが本当の意味で“バンド”になった
──メンバーと向き合い、少しずつバンドの活動規模が大きくなるなかで、江森さんのスタンスや考え方が変化する。その過程も、この本の読みどころだと思います。
江森:確かに向き合い方は変わってきました。ワンオペで回しているときと、スタッフがいるときでも違いますし。メンバー間のバランスも変わってきますからね。はっとりが完全にイニシアティブを取ってる状態から、少しずつ(曲作りやアレンジの)パーセンテージも変わってきて、僕の向き合い方からも自然と変化するというか。
こういう言い方が合ってるかわからないんですけど、“正解”を僕が言いすぎるのもよくないんです。大きな傷にならなければ、「ここは失敗させる時期だな」ということもあって。たとえば、スタッフが持ってきた案件をメンバーが「これはやりたくない」と言うとするじゃないですか。数字を示して、理路整然と説明して説得することはできるんだけど、もしかしたら「無理にやらされた」と感じるかもしれない。だったらメンバーの意見を受け入れて、その結果を見せることで「やったほうがよかった」と気付かせるほうがいいだろうなと。こちらから「やったほうがいい」と言うにしても、タイミングを見定める必要があって。僕以外の人に伝えてもらったほうがいい場合もあるし、そのあたりはかなり繊細にやっています。
──『青春と一緒』のなかには、はっとりさんがステージで「今日のライブはダメです」と言ってしまったことに対して、「絶対に言っちゃダメだ」と諭す場面もありますね。
江森:高松のライブですね。新人だった頃は、ちょっと卑屈になることがあったんです。東京で1000人クラスのライブをやっていても、地方では苦戦することもあるし、「車で移動して、体がバキバキ」とか「乾燥していて声の調子が良くない」ということもある。機材だってあるし、ソールドアウトしても赤字なんだから、新幹線で移動なんてできないですからね。そのなかでライブをやるのは確かに大変だけど、お客さんには関係ない。その日にしか来れないファンもいるわけで、ステージの上で「今日は良くなかった」なんて言っちゃダメなんですよ。調子が良くても悪くても、プロとして、その日だけの生のライブをやらなくちゃいけない。
音楽業界を志している人に何かを与えられたら
──江森さんご自身も、この本を書くことによって改めて気づいたこと、わかったこともあるのでは?
江森:たくさんあります。まず思うのは、出版のプロはすごいなということ。最初に言ったようにファンクラブ向けのコンテンツとして書き始めたんですけど、編集者のおかげでちゃんとパッケージされて商品になりました。あと「自分って言葉を知らないんだな」と思い知らされました(笑)。
──書き手としての気づきですね。
江森:マカロニえんぴつに関して言えば、メンバーに出会ったときは僕自身30代前半だったんですよ。自分も若かったし、酒も付き合えたから密度が高かったんです。今はスタッフも増えたし、コロナ以降は飲みに行くことも少なくなって。僕自身もレーベル全体のことを見るようになって、マカロニえんぴつとの向き合い方が変化しています。ジャッジするのは今も僕なんですが、自分のなかで「付け焼刃でやってないか?」という反省もありました。たとえばこの本が世の中に受け入れられて、「第2弾を出しましょう」ということになったら、エピソードが薄くなっていく気がしますよね。「この先、ドラマティックなことがあるかな?」「先細りにならないかな」みたいな心配もあるし、この先のサクセスストーリーを盛り上げるというか、もっといろいろ考えないとダメだなと。
──期待してます! 音楽業界を目指す人にとっても、刺激を得られる本だと思います。
江森:そうなったらうれしいですね。ここ数年、音楽業界を目指す若い人が減っているような印象もあるんです。専門学校や音楽大学で講師をやらせてもらうこともあるんですけど、熱量のある学生はいるし、憧れだけで終わらず、がんばってほしいなと思っていて。この業界でやれることって、無限だと思ってるんです。バンドのマネージャーというと、「スケジュール管理して、メンバーを車で送り届けて」みたいなイメージがあるかもしれないけど、そういうイメージとは全然違います。音楽に限らず、たとえばお笑いの世界でも「あの人がマネージメントしたから成功した」という例がたくさんある。バンドのマネージメントでも、楽曲制作やライブだけではなくて、映像やSNSでの仕掛けだったり、やれることはめちゃくちゃあるんですよ。10周年を記念したショートムービー(「あこがれ」)は制作会社のAOI Pro.と組んで制作したんですけど、はっとりの父親役でリリー・フランキーさんが出てくれて、やってよかったなと思ってます。
──クリエイティブな仕事ですよね。
江森:そうですね。アーティストを知ってもらうため、世の中に広がるきっかけを作るのが仕事ですけど、ルールは何もありません。『青春と一緒』もそうで、僕が本を出すことで、ラジオのMCの方が「そういえばマカロニえんぴつのマネージメントをやってる江森さんが本を出すそうです」とか宣伝してくれるんですよ。バンドが動いていない谷間の時期のプロモーションとして、最高じゃないですか。僕のなかでは映像化までイメージしているんですよ。大根仁さんが監督した『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』もそうですけど、裏方を主人公にした映画とか……。まあ、僕が勝手に考えてるだけですけど(笑)。
【あらすじ】
『マカロニえんぴつ』との出会い、思い出など、苦楽をともにしてきたエピソードが満載。「これから一緒にやっていったらこの光はどう輝くのだろう」彼らの演奏を見ながら、気付いたらそうつぶやいていた。(第1章 スタート地点より)