千野隆司の人気シリーズ「おれは一万石」の、第八弾が刊行された。主人公は、美濃今尾藩竹腰家の次男で、現在は一万石の高岡藩井上家の世子である。ちなみに大名の最低の石高が一万石だ。つまりは一石でも削られることがあれば大名から転落してしまうのである。

 そんなギリギリ大名の高岡藩だが、数々の金策や一揆を乗り越え、なんとか存続している。そこには高岡藩を豊かにしようという正紀と、家臣や仲間たちの必死の努力があった。前作でも、家臣が殺されるという悲劇に見舞われながら、江戸への廻米という、老中・松平定信の命を果たしている。

 それにも拘わらず、江戸の米価高騰が止まらない。どうやら何者かが、廻米を隠して値上がりを狙っているらしい。これに怒った正紀は、変わり者の両替商の若旦那・房太郎や、親友で高積見廻り同心の山野辺蔵之助の協力を得て、怪しい店を調査する。そして元凶が老中のひとりだということを掴んだ。しかし房太郎の勇み足が原因で、藩士の青山文平が捕らわれ、高岡藩は窮地に陥るのだった。

 本書は、浄心寺の本堂改築の完成を祝う席から始まる。シリーズ第四弾から第五弾にかけて、正紀と常陸下妻藩の井上正広が、分担金と奉行役で、さんざん苦しめられた、あの改築だ。作者が巧みなのは、その完成の席に、本書の主要人物を集結させたことである。冒頭で人物紹介を済ますことで、すんなりと物語の世界に入っていけるのだ。

 また、メインのストーリーも巧みである。今回の廻米の隠匿に、正紀が乗り出す必要はない。それでも積極的にかかわってしまうのは、廻米の一件で家臣が殺されているからだ。正義を貫こうとする心と、家臣を大切に思う心。ふたつの心が重ね合わさっているから正紀は、この一件を許せない。そんな主人公が、時代小説のヒーローとして、あらためて屹立してくるのである。

 さらに青山文平が捕らわれ、敵から理不尽な要求を突きつけられてからの展開も面白い。タイムリミット物になっており、ドキドキしながら読んでしまった。ラストで爆発する正紀のチャンバラも痛快だ。

 その一方で、正紀の妻の京が再度の妊娠。かつてはギクシャクしていた関係も変わり、今ではおしどり夫婦となっている。高岡藩がこれからどうなるのか、正紀と京がどうなるのか。ますますシリーズの行方から、目が離せないのである。