歌野晶午の「語り」の上手さが炸裂している。

 いや、本当に炸裂という表現がぴったりなのだ。何が起きているのかわからないままに、ぐいぐい引っ張られてしまう。読者を翻弄するそのテクニックたるや。

 新刊『間宵の母』は四章からなる長編である。まず第一章「間宵の父」は小学校三年生の西崎詩穂の視点だ。親友の間宵紗江子の父・夢之丞はイケメンで優しくてお菓子づくりが得意で、クラスの子のヒーロー。母親たちや教師にも大人気だ。ところがその夢之丞が詩穂の母と駆け落ち、失踪したという。紗江子の母は執拗に西崎家を責め、その行動は次第に常軌を逸し始める。詩穂の父は荒れて暴力を振るうようになり、ついに家庭は崩壊……。

 というのが第一章の粗筋だが、これは本当に「筋」に過ぎない。詩穂から見た紗江子ちゃんのステキなお父さんの描写、そのお父さんが聞かせてくれたハロウィンのお話。ここまではいい。そのお話に登場するおばけやクリーチャーが本当に目の前に現れるあたりで、一時的に幻想と現実の区別がつかなくなるのだ。

 第二章「間宵の母」は、紗江子が大学生になったときの物語だ。奇怪な行動をとる母親のせいで近所からも迷惑がられている間宵家に、ある人物が忍び込む。第三章「間宵の娘」は就職した紗江子を中心に母娘の話が綴られ、最終章「間宵の宿り」は第一章に登場した詩穂の血縁が視点人物となる。そしてやはり時々、現実と幻想が入り混じったかのような不思議な出来事が起きるのである。

 いったいこの現象は何なのか。立ち止まって考えたいのだが、物語の吸引力が立ち止まることを許さない。それが歌野晶午の炸裂する「語り」だ。小学生女児が不幸と恐怖を淡々と語る第一章。第二章で家に潜む人物の息づかいが聞こえるかのような焦りの描写。第三章(これが怖い!)の幼い少女による毒気たっぷりの大演説。一章ごとに変わる「語り」は、時にはじわじわと恐怖を増し、また時には奔流のような怒涛の勢いで読者を巻き込む。目の前のことに圧倒され、絡め取られ、何が起きているのか裏を考える暇を与えてくれないのだ。

 そして最後の第四章で……そこはどうぞ本編でご確認あれ。絵が一気に反転するサプライズとカタルシス。あれはそういうことだったのかと膝を打ったその先のさらなる恐怖。論理的な謎解きと得体の知れない恐怖が見事に融合した、圧巻のホラー・ミステリである。