千野隆司の「おれは一万石」シリーズの第七弾が、早くも登場した。主人公は、高岡藩の世子の井上正紀。大名としてはギリギリのラインである、一万石の藩のために、いつも奔走している。前作では、国元で起きた一揆を、なんとか穏便に収めた。しかし仕置きが手ぬるいと、幕閣の一部から睨まれることになったのである。
そんな高岡藩に、新たな困難が降りかかった。江戸の米価高騰を解消しようとする老中・松平定信が、廻米の触を出したのだ。東北や関東の諸藩に、分担米が命じられる。しかも老中の水野忠友の悪意により、正紀と、府中藩主の松平頼前は、他藩の倍の分担米を命じられる。ちなみに高岡藩は二百俵だ。ここから正紀の、新たな東奔西走が始まるのだった。
高岡河岸の運営などにより、わずかに財政が上向きになった高岡藩。しかし不作により一揆が起こるなど、内情は厳しい。他の藩も似たり寄ったりだ。そこに現実の見えない幕閣の愚策と、老中の悪意である。たまったものではないが、負けるわけにはいかない。立場を気にすることなく、体当たりで米を集めようとする正紀の奮闘が、存分に楽しめた。
いや、奮闘するのは正紀だけではない。藩士や領民、前作で正紀に命を助けられた者が、熱心に協力する。そこには高岡藩の世子になってから、一途に藩のために尽くしてきた「若殿様の役に立ちたい」という思いがあったのだ。高岡河岸で預かることになった、府中藩の廻米が狙われたとき、それを守ろうと藩士や領民が一致団結する場面は、胸が熱くなる。今までのシリーズの積み重ねがあるから、彼らの気持ちに共鳴できる。ひとつのシリーズを追いかけていてよかったと感じるのは、こういうときなのだ。
しかし一方では、大きな悲劇が起こる。それに激怒した正紀は、悪党たちに立ち向かうのだ。怒りを込めた正紀のチャンバラは、凄い迫力である。
また、前作で一揆を煽った黒幕を、正紀の親友で、高積見廻り与力の山野辺蔵之助が、気にかけている。この件も本書で解決し、前作からのモヤモヤが解消された。作者は読者の期待に、見事に応えてくれたのである。
さらに正紀と妻の京の仲も、深まったようだ。京の体調不良を正紀が察したり、互いに手を取り合ったりと、見ていて微笑ましい。高岡藩だけでなく、夫婦の関係がどうなるかも、これからの読みどころなのだ。