1972年の脚本家デビュー以来、『太陽にほえろ!』『大都会』といった現代物から『鬼平犯科帳』『剣客商売』『御家人斬九郎』『水戸黄門』といった時代物、さらには大河ドラマ『義経』など、数々の人気作品を手がけた金子成人氏が送る、根津権現門前町の裏店を舞台にした人情シリーズ第1弾。最新刊の第6弾『菩薩の顔』も大好評の、「ごんげん長屋つれづれ帖」シリーズの魅力とは!?
時代小説紹介サイト「時代小説SHOW」管理人・理流氏のレビューで、その魅力を紹介する。
■『ごんげん長屋つれづれ帖【一】 かみなりお勝』金子成人 /理流[評]
時代劇の名脚本家が描く、珠玉の人情長屋小説。
移ろいゆく江戸の四季の中で、親子の情、人の情けが心に沁みる。
著者は『鬼平犯科帳』や『剣客商売』などの人気時代劇の脚本を数多く手掛けてきた名脚本家。2014年に文庫書き下ろしの『付添い屋・六平太』で時代小説デビューするや、一躍人気作家となった。本書は初めての人情長屋ものである。
主人公のお勝は、38歳の大年増で、根津権現門前町にある『ごんげん長屋』に、12歳のお琴、10歳の幸助、7歳のお妙の3人の子供たちと暮らしている。生計を立てるため、質屋で損料貸しも兼ねる『岩木屋』で番頭として働く。お勝は、口やかましく、間違ったことにはかみなりを落とすこともあるが、『ごんげん長屋』の住人たちにとっては、温かく頼りになる存在だ。
第1巻『かみなりお勝』では、お勝の波乱に富んだ過去が明らかにされていく。大きな災厄や辛い離別などを経験しながらも、思いやり深く、困難に負けずに前向きに生きていく姿に共感を覚え、知らず知らずのうちに物語に引き込まれていく。長屋の住人が三両を拾ったことから始まる騒動をミステリータッチで描いた第二話「隠し金始末」、『岩木屋』で預かった刀がもとで明らかになる旗本家の醜聞を描く第三話「むくどり」と、一話完結の連作形式で、事件や騒動、出来事が綴られていく。
第四話の「子は宝」では、お勝の子として育てられていたお妙が、自分がお勝に拾われた親なし子だった事実を初めて知る。激しく動揺して部屋を飛び出したお妙。
井戸端で泣きじゃくっているお妙を、長屋の住人たちは、孤児や迷子が多い江戸では珍しくもなんともないことだ、と慰めて口々に励ます。現代社会が失ってしまった、隣近所の人たちの思いやりとやさしさ、そして時にはお節介に、心が癒やされる。
本シリーズは、文政元年(1818)10月に始まる。舞台となる根津界隈は、根津権現の門前町として栄え、江戸有数の岡場所を抱える色町でもある。大名家の下屋敷や旗本・御家人の屋敷もある武家地と隣接していて、北へ行けば農村地域も広がり、いろいろな人たちが暮らしている、江戸の縮図のような町だ。
移ろいゆく江戸の四季が、季節ごとの行事や風習とともに、物語に織り込まれているのも魅力の一つ。第2巻の『ゆく年に』は、11月下旬に始まり大晦日に終わる話。煤払いや歳の市、餅搗きと、年の瀬を過ごす江戸の庶民の生活が活き活きと描かれている。
最新刊の第6巻『菩薩の顔』の表題作では、二十六夜待ちの空に現れた菩薩の姿を見た、『ごんげん長屋』の住人、足袋屋の番頭治兵衛の遠き日の悲しい恋が綴られている。その美しく切ない物語に胸がキュンと締め付けられる。時代劇の名脚本家の腕が冴える、珠玉の一編だ。
甘酸っぱい思いに駆られたり、事件の顛末に驚いたり、悲喜劇にくすりとしたり、お勝たちと一緒に事件や騒動に遭遇するのが何とも楽しい。