突然の死で、家族に別れも告げられなかった──未練を残す霊たちに救いの手が! 特殊能力を持つ猫が、その黄色と青のオッドアイに霊の姿を映し、大切な人にもう一度会わせてくれます。人生につまずいた30歳イラストレイター・島村千鶴が、入院した叔父に替わって「仲介役」をすることに。どうにかこうにか務めるうちに、千鶴の心境に変化が兆し……。悲しいけど、温かい。人の絆を改めて考えさせてくれる小説です。

 書評家・細谷正充さんのレビューで『猫の目を借りたい』の読みどころをご紹介します。

 

猫の目を借りたい

 

猫の目を借りたい

 

■『猫の目を借りたい』槇あおい  /細谷正充[評]

 

会えなくなったあの人にもう一度会いたい。その願い、この目が叶えます。

 

 借りたいのは“手”ではなく“目”なのか。でも、それってどういうこと。強い興味に惹かれて、槇あおいの『猫の目を借りたい』を読み始めた。

 理不尽なバッシングを受けてイラストレーターを辞め、引きこもるように暮らしている島村千鶴。しかし家族のように思っている叔父の桔平が入院したことで、人生が変わる。飼い猫のユキの面倒を見るため、叔父の家に引っ越したのだ。

 ところがユキには不思議な能力「猫語り」があった。白猫でオッドアイのユキは、成仏できない霊を瞳の中に宿らせ、7回瞬きする間だけ、この世の人と対面させることができる。代価は、霊が話す「人生で一番幸せな思い出」だ(ユキは“お布施”といっている)。なにも知らなかった千鶴だが、いきなり霊が現れ、訳が分からないままに「猫語り」の仲介役を務めることになるのだった。

 本書には「老弁護士」「ぼくの家族」「新盆」の3作が収録されている。冒頭の「老弁護士」は、仕事に出かけて倒れ、そのまま死んだ弁護士が、家を出るときに話しかけた妻を邪険に扱ったことを後悔。何を話そうとしたのか聞こうとする。お布施である、過去の家族旅行の思い出が、仕事人間だが家族のことを大切に思っていた、弁護士のキャラクターを鮮やかに表現。だからユキの目を通じての、弁護士と妻の対話が、切なく温かいのだ。

 続く「ぼくの家族」は、若くして殉職した消防士が、自分と妹を育ててくれた祖父の憂いを晴らそうとする。ラストの「新盆」は、突然の死を迎えた中年男が、母親のように感じていた大家への不義理を謝る。

 血の繋がりがない関係もあるが、3人の霊の心残りは、すべて家族のことといっていい。その心残りが「猫語り」によって、優しく果たされる。また、霊の話を聞いて千鶴の描く絵も、物語に温かさを加えている。どれも、心がポカポカしてくるストーリーなのだ。

 さらに現実に打ちのめされていた千鶴が、霊たちのために奔走しながら、しだいに立ち直っていく。ここも本書の読みどころだろう。叔父の桔平や、千鶴が最初は苦手にしていた隣人の高井戸重雄など、脇役もいい味を出している。もちろんユキも魅力的。猫、ファンタジー、胸に沁みる話。どれかひとつでも好きならば、迷わず本書を手に取ってほしいのである。