時は江戸。富める者も貧しい者もひとしく治療したいと願う、藩のお抱え蘭方医・宇津木新吾。施療院や患者を巡る様々な事件に巻き込まれながらも、医師として人間として成長していく新吾の姿に、多くの読者が共感を寄せている。この書き下ろし人気シリーズの最新刊が発売となった。今回、新吾はどのような事件に巻き込まれ、学び、成長していくのであろうか。

「小説推理」2023年2月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『蘭方医・宇津木新吾 老中』の読みどころをご紹介します。

 

盗人騒ぎで松江藩の 企てが明るみに――  「陰の将軍」に急接近する 江戸家老の狙いとは!?

 

 

■『蘭方医・宇津木新吾 老中』小杉健治  /細谷正充[評]

 

松江藩の抜け荷騒動は、本当に終わったのか。藩お抱えの蘭方医・宇津木新吾が、真実を求めて奔る。小杉健治の人気シリーズ、絶好調の第15弾だ。

 

 小杉健治の「蘭方医・宇津木新吾」シリーズの、第15弾が上梓された。これだけの長期シリーズとなると、今まで積み重ねてきた物語から、新たな物語が生まれることになる。落着したはずの松江藩の抜け荷騒動が蒸し返される本書は、まさにそのような作品といっていい。

 松江藩上屋敷で、盗人騒ぎが起きた。どうやら“ねずみ小僧”が侵入したらしい。警護の藩士が盗人の左腕を斬り、金を落として逃げたとのことだ。藩のお抱え医師の宇津木新吾は、後に師である村松幻宗が深川で開いている施療院で、左腕を浪人に斬られたという次郎吉を知る。だが、痛みに負けて泣き出しそうな様子の次郎吉が、ねずみ小僧とは思えなかった。

 施療院の帰り道、新吾は抜け荷の件で敵対した鹿島銀次郎と出会う。松江藩と組んで抜け荷にかかわっていた老中の板野美濃守に仕えていた銀次郎。しかし美濃守が失脚したことで落魄したらしい。その銀次郎から、松江藩家老の宇部治兵衛が、美濃守の失脚を知っていたのではないかと問われる。これにより治兵衛に疑問を感じるようになった新吾。さらに銀次郎と、その仲間だったという冬二が殺されたことにより、真実を求めるのだった。

 この他にも、松江藩の近習医である花村潤斎から高野長英たちの勉強会に参加するよう求められる。どうやら勉強会を探ってほしいようだ。また、盗人を斬った湯本善次郎に、女中との密会疑惑が持ち上がる。湯本が証言を翻したことにより、新吾の心のモヤモヤは晴れない。

 といったように複数の案件が入り交じるのだが、メインとなっているのは、治兵衛を中心とした疑惑である。松江藩の抜け荷騒動は、本当に終わったのか。治兵衛は何を隠しているのか。旧知の間宮林蔵や、次郎吉の協力を得て探索を続けるうちに、実在の大物の名前が飛び出してくる。ああ、本書の舞台は天保3年。たしかに、この人物が絶好調の時代だ。今回の内容は、ポリティカル・サスペンスというべきか。新吾が突き止めた、スケールの大きな密謀を堪能したのである。

 もちろん、主人公の魅力も見逃せない。シリーズ開始時よりは世慣れたが、権力者の捨て駒になった人々のために、藩のお抱え医師という身分を危険にさらしてまで、真実を追う。敬愛する師の忠告を有難く思いながら、自分の信念を貫く。いい意味での“青臭さ”を失わない新吾の活躍に、胸が熱くなるのだ。