本誌の三月号と四月号に二話だけ掲載された「読心刑事・神尾瑠美」シリーズが、三話分の書下しを加えた連作短篇集として双葉文庫に登場した。

 R県警捜査一課三係に配属されて張り切る新人刑事・根津優悟は、初めての殺人現場で異様な光景に遭遇する。先輩刑事たちが関係者のうち誰が犯人なのか予想し始め、神尾刑事が「正解」を発表したのだ。ろくに捜査もしないうちから、なぜそんなことが分かるのか? 実は神尾瑠美は他人の心を読むことができる超能力者であり、R県警は彼女の能力のおかげで抜群の検挙率を誇っていたのである。

 誰が犯人かすぐ分かるのなら、ミステリは成立しないだろ、と思ったあなたは考えが甘い。神尾刑事の能力は警察上層部以外には公開されていないから、犯人が分かっただけでは逮捕できないのだ。

 つまり、普通のミステリが「手がかりを集めて犯人が誰かを突き止める」という構造になっているのに対して、本書は「既に分かっている犯人からいかにして自白を引き出すか」あるいは「物証を見つけ出すか」という構図にシフトしている点に特徴がある。

 人並み外れた美貌の持ち主である神尾は、その能力のために男性から向けられる性的な欲望をすべて感じ取ってしまい、自殺未遂まで起こしているのだが、能力を活かせる職業として刑事になったという過去がある。

 そのため三係の刑事は、彼女に性的な視線を向けないセクシャリティの人物ばかりが選ばれている。実力を認められたと思って喜んでいた根津が、実は隠していた性的嗜好が理由で配属されたと知って落ち込むのが笑える。

 笑えるといえば、刑事たちの掛け合いや犯人の独白はユーモア・ミステリの域をはるかに超えて、ほとんどギャグになっており、まさに抱腹絶倒。作者は横溝正史ミステリ大賞でデビューする以前はお笑い芸人だったという異色の経歴の俊英だが、やはり話術と文章は別なので、確かな筆力があることが分かる。

 まったく物証のない事件だったり、老人ホームの事件で証人が認知症の患者ばかりだったりと、神尾の能力をもってしても捜査が難航する事件が多い。ギャグの中のさりげない情報が、ほとんどすべて終盤の謎解きと関係してくるあたりも、作者のミステリ・センスを感じさせる。

 設定がすべての出落ち作品と見せかけて、細部まで周到に組み立てられた完成度の高さに脱帽だ。