千野隆司の「おれは一万石」シリーズの、第十二弾が刊行された。一万石のギリギリ大名・高岡藩の世子となり、金策や一揆など、さまざまな苦難を乗り越えてきた井上正紀。妻の京が待望の第一子となる姫君を出産し、幸せいっぱいだ。身分を超えた友人で、高積見廻り与力の山野辺蔵之助も許嫁ができ、慶事が続く。だが、彼らに悪意が迫っていた。前作の騒動で正紀たちにやっつけられた、大身旗本の石川総恒と、悪徳商人の蓬莱屋庄九郎と郷倉屋庄吉が、新たな罠を仕掛けたのだ。慶事の進物に仕込まれた悪巧みに引っ掛かり、正紀は幕府に収めるはずの菜種油の横領を疑われ、蔵之助は正紀との関係が不適切なものではないかと睨まれる。かくして自らの潔白を証明するため、正紀たちは江戸の街を奔走するのだった。

 慶事に浮かれていた正紀や蔵之助は、普段なら怠らないチェックを忘れてしまう。そのために窮地に陥った。まさに、好事魔多しというべきだろう。とはいえ敵の罠は巧妙すぎた。自らをも破滅させる庄吉の、自爆攻撃は避けられない。それでもいち早く事態を察知した正紀たちは、すぐさま動き出す。正紀たちの協力者で、前作の騒動にもかかわった房太郎も加わり、証人になりそうな人物を探す。

 ここで感心したのが、正紀と房太郎が証人を追う場面だ。高岡藩の一大事にもかかわらず、木材を積んだ荷車の事故に遭遇した正紀は、躊躇なく木材の下敷きになった人を助ける。主人公のヒーローとしての資質が、鮮やかに表現されているのだ。

 さらに、腕に自信のない房太郎が、ひとりで証人を追跡することになり、サスペンスが高まる。その後の展開も、正紀がいれば、違うものになっただろう。物語の組み立てが、実に巧みなのである。

 一方、山野辺家がクローズアップされている点も見逃せない。正紀のために動いたことは何度もある蔵之助だが、突き詰めれば他人の騒動である。だが今回は、自分自身の危地だ。心の中は、穏やかではない。そんな彼を女性陣が支える。よきアドバイスを与える許嫁の綾芽。自分たちのできることをする母親の甲や妹の弓。彼女たちの存在が、シリーズの世界を、さらに豊かにしてくれた。

 悪党どもの罠を、見事に踏み破った正紀たち。しかし高岡藩の困難は尽きないようだ。本書の帯によれば、シリーズ十三巻、十四巻は二ヶ月連続刊行の予定だという。次なる騒動は何か。大いに期待して待ちたい。