不祥事を起こした警察官の異動先としてよく挙げられる留置場勤務。
 主人公の武本正純は、前作『やがて、警官は微睡ねむる』でホテル立て籠もり事件に遭遇し、孤軍奮闘の末に人質を救出するも、犯人に対して発砲。後にその死亡が確認された。
 結果として、前作から2年後という設定の今作では、新宿署の留置管理課に勤務する内勤の警察官として登場する。
 捜査にはたずさわらず、ひたすら被疑者の身柄と安全を管理するのが仕事だ。

 そんな武本の当番日に、深夜の歌舞伎町での喧嘩で逮捕された柏木という男が移送されてきた。武本は柏木の持つただならぬ佇まいに妙に引っかかりを覚える――というのが今回の事件の冒頭。追わない、捜さない。ただ見つめるだけの警官となった武本は、どんな事件に遭遇するのか。そして、どう解決するのか。

 2018年11月に刊行され話題となった『ゆえに、警官はつめる』がこの度、文庫化された。「小説推理」2019年1月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで本書の読みどころをご紹介する。

 

 

■『ゆえに、警官はつめる』日明たちもりめぐみ 著  /大矢博子:評

 

武本と潮崎、四たびタッグを組む──かと思いきや今度の潮崎の相方は警視庁屈指の屁理屈大王。新顔も加わってさらにパワーアップのシリーズ最新作。

 

港区芝浦で火災が発生した。重ねた自動車タイヤの中に人体を立たせて火をつけたのだ。被害者は焼かれる前に既に死亡しており、長時間冷凍された痕跡があった。そして数日後、似た手口の事件が新宿で起きて──。

 日明恩の〈武本&潮崎〉シリーズ第4弾である。前作の『やがて、警官は微睡ねむる』でのホテル立てこもり事件から2年後が舞台だ。当時蒲田署の刑事だった武本は、新宿署の留置管理課に異動となり、留置場に入る者たちの管理監督に当たっていた。その新宿署に事件の捜査本部が立てられ、応援に来た警視庁の潮崎警視と再会する。

 簡単に説明しておくと、武本と潮崎は、かつては同じ警察署でバディを組んでいた。無骨で無口な武本と、推理小説の刑事に憧れるお喋り坊ちゃんの潮崎。第1作のあとで所属が分かれた後、潮崎は若きキャリアとして警視まで上り詰めたが、階級では下である武本を「センパイ」と呼んで慕い続けている──といった構図だ。

 2度目の死体燃焼事件が起きた夜、酒を飲んで暴力事件を起こしたとしてひとりの男が留置場へ連れられてきた。軽いケンカだったが、彼を見ているうちに武本は違和感を覚える。一方、潮崎は捜査の邪魔をしないよう2人の監視役をつけられ、逃走車を追う映像確認を担当することに。このふたつがもちろん絡み合ってくるわけだ。

 このシリーズの醍醐味は何と言っても魅力的な登場人物たち。『和菓子のアンソロジー』(光文社)所収の「トマどら」に登場した〈ぴょん〉こと宇佐見が、まさか潮崎と組むことになるとは! 屁理屈大王の宇佐見と口から先に生まれた潮崎の舌戦は読んでいて実に楽しい。

 だが楽しいだけではない。武本やその上司の会話もそうだが、日明恩の書く会話はときどき鞭のようにしなる。気遣いとは何か。誠実さとは何か。無知とは何か。ズバリと痛いところ突く。背筋が伸びる。そうした会話を重ねて、登場人物の関係が少しずつ変わっていく。

 事件の驚くべき展開や意外な真相など、もちろんミステリとしても読み応えは十分だし、マニアックなほどにみっちり描きこまれた警察内部の描写はさすがのお家芸だ。だが、やはりこれは人間模様を描くシリーズなのだと思う。潮崎と宇佐見に挟まれる体育会系若手女性刑事の正木、留置管理課の野心家の福山、容疑者たちにいたるまで、人と人が出会うことで起きる化学変化がとても興味深い。未読の方はぜひ第1作から!