小杉健治の「蘭方医・宇津木新吾」シリーズは、第七弾となる本書で、新たなステージに突入した。元表御番医師の娘の香保と夫婦になり、松江藩のお抱え医師となったのである。香保との仲は良好で、私生活は幸せいっぱい。しかし松江藩の方は、先輩のお抱え医師との関係がギクシャクしている。藩主たちにも、何やら思惑があるようだ。新吾の師であり、松江藩と因縁を持つ幻宗を気にしているのであろうか。

 さまざまな思いを抱えながら、主に下級武士を診ている新吾。藩主の警護をしている三人の腕利き藩士が黴毒(梅毒)に罹っていることを知った。三人とも、おりんという売笑婦から移されたらしい。治療のかたわら新吾は、おりんの行方を捜そうとする。だが、腕利き藩士のひとりが殺され、新吾も執拗な襲撃を受けるのだった。

 幾つもの事件や騒動に遭遇し、大きく成長した主人公は、新たな環境に飛び込んだ。シリーズの愛読者なら、最初からワクワクすることだろう。もちろん事件も興味深い。旧知の同心の津久井半兵衛と情報交換をしたり、藩に出入りしている貸本屋の小助の協力を得ながら、真実を求める。そこに藩主たちの思惑や、新吾への襲撃が絡まり、ストーリーはテンポよく進む。幾重にも重なった闇を掻き分けるような、主人公の行動から目が離せないのだ。

 その一方で、医者として患者とどう向き合うかという、真摯なテーマも盛り込まれている。小助との縁で、黴毒に罹った花魁(おいらん)の手鞠のことを知った新吾。彼女の治療をしようとするが拒否されてしまう。治ったところで、花魁から安女郎になる未来しかないなら、このまま死んでしまった方がいいというのだ。新吾から相談を受けた幻宗すら、答えを出すことのできない難問。それを彼は、どうしたのか。医師とはいかにあるべきかという、シリーズを通じてのテーマが、しっかりと本書でも追求されているのである。

 さらに、ミステリーのサプライズも要チェックだ。事件の構図がある程度明らかになったところで、驚愕の事実が浮かび上がるのだ。これには、ぶっ飛んだ。ベテランのミステリー作家である小杉健治の手腕が、遺憾なく発揮されているのだ。

 ひとつの事件は解決した。だが、松江藩の闇は深く、新吾の周囲には波乱が渦巻いている。医師としての理想を目指す彼がどうなるのか。これからもシリーズの行方を見守っていきたいのである。