今年3月、「トラベルミステリー」のジャンルを開拓し、日本一有名な刑事である「十津川警部」を生み出した著者が逝去。その十津川警部が事件の裏にある友情に迫った『呉・広島ダブル殺人事件』が文庫化された。祖父から頼まれ、呉と広島に向かった市橋は殺人事件に巻き込まれる。複雑に絡まった糸を丁寧にほどくように過去を遡る十津川警部は、どんな真相にたどり着くのか。明晰な推理が披露される傑作長編ミステリーだ。

「小説推理」2020年7月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューと帯で『十津川警部 呉・広島ダブル殺人事件』の読みどころをご紹介する。

 

警視庁捜査一課の市橋大樹は、入院中の祖父・勝之介から、青春時代を過ごした呉と広島の写真を撮ってきてくれと頼まれ現地を訪れる。だが、宿泊した旅館で勝之介の名刺を持った男が殺害される。その後、勝之介も急な死を遂げる。大樹は十津川警部と亀井とともに呉と広島に向かう。そこで、勝之介の新たな一面が浮かび上がる。

 

■『十津川警部 呉・広島ダブル殺人事件』西村京太郎  /日下三蔵:評

 

祖父の頼みで呉と広島に写真を撮りに向か​った市橋刑事は、奇妙な連続殺人に巻き込まれる。戦時中の人間模様に端を発する事件の糸を十津川警部はどう解くか?

 

 コロナウィルスの蔓延に伴う緊急事態宣言の影響で、自粛生活を強いられている人も多いのではないだろうか。書評家は、もともと家で本を読んで原稿を書くだけの生活だから、特に変わりはないようなものだが、それでも自宅に籠もりきりというのは、いささかキツい。

 私の場合は、再放送されている2時間サスペンスを片っ端から録画して、1日に数本ずつ見るようになった。地上波、BS、CSを併せると、日に20~30作の推理ドラマが放送されているが、その中に必ず(多いときには4~5本も)十津川警部ものがあるのには驚くばかりだ。

 十津川省三は73年の『赤い帆船』で初登場。当初は警部補だったが、やがて警部になり、西村京太郎作品のメインの探偵役となった。

 最初のドラマ化は79年の「ブルートレイン・寝台特急殺人事件」。十津川警部役は三橋達也で、以後、宝田明、若林豪、石立鉄男、小野寺昭、渡瀬恒彦、高橋英樹と、15人以上の俳優が十津川警部を演じている。

 中には亀井刑事(小林稔侍)の主演作品、十津川警部夫人(萬田久子)の主演作品、十津川警部(高嶋政伸)の若い頃の事件などまであり、人気の高さがうかがえる。

 本誌(小説推理)に連載されたシリーズ最新作『呉・広島ダブル殺人事件』は、十津川警部の部下の市橋刑事が主人公である。市橋の祖父・勝之介は呉で終戦を迎えた。海軍の予科練習生だった勝之介は、特攻隊として出撃させられることも、広島の原爆に巻き込まれることも、危ういところで免れて生き残ったのだ。

 93歳になった勝之介は、市橋に呉と広島の写真を撮ってきてほしいと頼む。2日間の休暇をとって新幹線に乗った市橋だったが、初日の夜、呉の旅館で泊り客が殺されるという事件に遭遇する。

 大金が手つかずで残っており、物取りの犯行ではなさそうだが、被害者は「市橋勝之介」と書かれた名刺を所持していた。この事件は祖父と関係があるのか? 撮影旅行から帰った市橋が事件のことを話すと、祖父が病院を抜け出して失踪してしまった……。

 中盤以降、お馴染みの十津川チームが出動して事件の謎を解くわけだが、終戦から75年という歳月が経過しても、まだ戦争が人々の心に暗い影を落としていることに粛然とせざるを得ない。戦中派(昭和5年生まれ)の著者ならではの味わい深いミステリだ。