テレビドラマにもなった『リカ』(主演・高岡早紀)や『パパとムスメの七日間』(主演・新垣結衣)の原作を手掛けた五十嵐貴久。そんな著者が東京オリンピックを舞台にした手に汗握る暗殺劇を描いた『コヨーテの翼』が、このたび文庫になった。世界中が注目する東京オリンピックの開会式で、日本の総理大臣の暗殺を企むテロ組織。タイムリミットが迫る中、果たして警察は暗殺を防ぐことはできるのか。思いがけない暗殺者は誰か。一気呵成にたたみかえる長編エンターテインメントだ!
「小説推理」2019年2月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯で『コヨーテの翼』の読みどころをご紹介する。
■『コヨーテの翼』五十嵐貴久 /細谷正充:評
ターゲットは日本の総理大臣。東京オリンピックの開会式に向けて進行する暗殺計画を、阻止することができるか。謎の暗殺者と警視庁の闘いが始まった。
エンターテインメント・ノベルなら、なんでも来い。オールジャンルで快進撃を続ける五十嵐貴久の最新刊(「小説推理」掲載時)は、日本の総理大臣を狙う謎の暗殺者“コヨーテ”と、警視庁の刑事の闘いを活写した、ハード・ストーリーだ。
2020年。ゾアンベ教国の過激な原理主義者グループ“SIC”は、日本で開催されるオリンピックの開会式で、各国元首やVIPをターゲットにした爆弾テロを計画していた。勢力が弱まっているSICにとっては、乾坤一擲の策である。しかし日本で行動していたメンバーのミスにより、計画が破綻。SICは方針を変更し、謎の暗殺者“コヨーテ”を雇う。新たな計画は、総理大臣を開会式で暗殺すること。依頼を引き受けたコヨーテは日本に潜入し、静かに暗殺の準備を始める。
一方、オリンピックのために警視庁が作った警備対策本部も、テロを警戒していた。所轄から抜擢された滝本実は、刑事総務課から出向している水川俊介と組み、仕事に追われる。やがて水川の気づきによりSICの新たな計画を確信したふたりは、コヨーテに肉薄していくのだった。
本書(単行本)の帯には「五十嵐版“ジャッカルの日”堂々の誕生!」と書かれている。なるほど、フランスのド・ゴール首相暗殺を計画するジャッカルと、それを阻止しようとするルベル警視の闘いを描いたフレデリック・フォーサイスの名作『ジャッカルの日』を、意識しているのだろう。しかし本書の魅力は、作者ならではのものだ。
2020年の東京オリンピックという、注目すべき舞台。サイバー攻撃やドローンの使用といった、現代のテロの在り方。コヨーテ側と刑事側を交互に描き、緊迫感を湛えながら進行していくストーリー。そしてコヨーテの暗殺計画の全貌が判明するクライマックスの、驚きに満ちた展開。手に汗握るとは、このことか。ネタバレになるので詳しく書けないが、興奮必至の面白さである。
さらに、水川の推理したコヨーテの正体が、あまりにも意外である。はっきりいって、この部分がなくても物語は成立する。それでも作者は、読者を楽しませる奇想を、投入せずにはいられない。ベテラン作家の誠実な創作姿勢に、あらためて感心してしまうのだ。
東京オリンピックまで、後、1年と数ヶ月(「小説推理」掲載時)。本書を読んでおけば、開会式をドキドキしながら見ることになるだろう。現実すら侵食する物語の力が、ここに屹立しているのである。