お上からの無理難題や家臣の失態、そして資金繰りに奔走する様子が、中小企業の経営者や企業の中間管理職の苦労と重なり、大人気となった異色の時代小説シリーズ。待望の第20弾は、先代藩主の尻拭いで……!?
「小説推理」2022年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと書籍の帯で、『おれは一万石 花街の仇討ち』の読みどころをご紹介する。
■『おれは一万石 花街の仇討ち』千野隆司 /細谷正充:評
仇討ちと、女衒に連れ去られた娘。高岡藩世子の井上正紀たちの奔走により、ふたつの事件が繁がった。千野隆司の人気シリーズ、絶好調の第20弾だ。
祝・第20弾! 一万石のギリギリ大名・高岡藩の世子になった井上正紀の奮闘を描く、千野隆司の人気シリーズも、ついに20冊の大台に乗った。今回も、ストーリーは絶好調。正紀たちの痛快な活躍が楽しめるのだ。
江戸で地震があった翌日、町を歩いていた正紀は、30年にわたり仇を捜しているという高岡藩の下士・高坂市之助と出会う。仇討ちの原因となった事件は、先代藩主・正森時代のものであり、今では当時を知る藩士も少ない。81歳の高齢であるにもかかわらず、銚子と江戸を往来して、奔放に暮らす正森に事情を聞いた正紀。正森から市之助に渡す金子を託されたこともあり、この件にのめり込んでいく。
一方、正紀の親友で、高積見廻り与力の山野辺蔵之助も、別の騒動に出くわしていた。女衒に連れ去られそうになっていた恋人の千寿を、貧乏御家人の三男坊の大志田参之助が助けようとしていたのだ。千寿の家が旗本から借りた金が返せず、その代わりに売られたとのこと。しかしその裏には、旗本や女衒が企んだ、醜い計画があった。
正紀がかかわる仇討ちと、山野辺がかかわる揉め事。ふたつの事件は当初、無関係に見えた。だが、ストーリーが進行すると、意外な形で繁がることになる。それがどのようなものかは、読んでのお楽しみ。作者のストーリーテラーぶりが、存分に堪能できるのだ。
さらにいえば、銚子と江戸を往来しているという正森の設定が、予想外の形で活用されている。ああ、これは巧いと膝を打った。
そして本書を読み終わったとき、なぜ「おれは一万石」シリーズが、これほど人気があるのか、あらためて分かった気がした。仇討ちに半生を費やした市之助。どうにもならない状況で、恋人を失おうとしている参之助。この世の理不尽に苦しめられながら、彼らは諦めない。折れそうな心を抱えながら、必死に足掻くのだ。
そのような人間が、救われて欲しい。困った人々を助ける、ヒーローがいて欲しい。作者は、こうした願いを込めて、シリーズの世界と井上正紀を創造したのではないか。話の面白さは当然として、この熱き想いも、多数の読者を獲得する力になっているのである。
なお、高岡藩主の正国が、心の臓の発作で倒れるなど、今後のための布石も打たれている。このシリーズ、まだまだ長く続きそうだ。嬉しいことである。