2002年の書籍デビュー以来、特殊な閉鎖環境下でのロジカルな推理で読者を魅了し続けてきた石持浅海氏。そんな著者がこのたび送り出すのは、なんと“官能ミステリ”!
登場人物たちは熱い情事に耽りつつ、激しい頭脳戦を繰り広げます。刺激強めの恋愛模様に、怜悧な推理とあっと驚く結末。一度に二度も三度もおいしい新感覚の本格ミステリです。
待望の文庫化を記念して、ミステリ評論家・村上貴史さんのレビューをお届けします。
■『真実はベッドの中に』石持浅海 /村上貴史:評
濃い官能描写の中で、各篇がミステリとして変化に富んでいる。とことん刺激的なのである。
2002年に書籍デビューを果たした石持浅海は、密閉環境での推理劇を得意とする。地震で止まったエレベータであったり、テロリストに支配されたアイルランドの宿屋であったり、あるいはハイジャックされた航空機の中であったり。石持浅海は、そうした密閉環境で登場人物たちにロジカルな議論をとことん重ねさせ、最終的には意外な結末に読者を導いてくれる。つまり、謎解きミステリの最もコアなところで純度高く活躍している作家なのだ。
だが、彼はときおり、その純度の高い謎解きミステリを逸脱する。この『真実はベッドの中に』もそんな1冊だ。本書は、2014年に発表した『相互確証破壊』を改題し、文庫化した短篇集なのだが、なんと官能ミステリなのである。6篇が6篇とも、だ。
第1話は、妻子ある男性と、同じ会社の女性との不倫の話であり、性愛描写もたっぷりと盛り込まれている。第2話は、仕事で知り合った男女によるダブル不倫の話で描写も同じく濃厚。第3話では、兄の幼なじみと妹が付き合っていて不倫ではないが、第4話は遠距離の不倫話。第5話はヒッチハイクをきっかけに関係を持つ男女のロードノベルで、第6話は……。
という具合に、本書で石持浅海は様々な恋愛を──というか性愛を──従来作品の読者が驚くほどの濃密さで描いている。そのうえで、著者はそこに理詰めの推理と、それがもたらす衝撃とをきっちりと織り込んだ。それも、単に論理に官能をトッピングするといった“ゆるい”仕上げではない。いってみれば、「論理」と「官能」が、「論官理能」に化ける様に、それはまあ見事に一体ととなっているのである。しかも、6篇が6篇とも異なるかたちで、だ。
例えば第1話の不倫カップルは、会社の保養所において国家間協定違反の業務を秘密裏に進める最中に起きた殺人事件についてロジカルに意見を交換しながら交わる。第2話では、男が毎回行為を撮影する理由を女が推理する。そんな具合に、濃い官能描写の中で、各篇がミステリとしても変化に富んでいるのだ。とことん刺激的なのである。
なお、本書収録の各篇は、いずれも50頁に満たない。覗き見感覚で気軽にお試しあれ。
さて、本書で石持浅海に関心を持たれた方のために少々著者紹介を補足しておこう。冒頭で記したエレベーターの密室は「暗い箱の中で」という1篇で、『本格推理〈11〉』や『顔のない敵』に収録されている。アイルランドの宿屋とハイジャックされた航空機を舞台とするミステリは、それぞれ『アイルランドの薔薇』と『月の扉』である。ちなみに密閉環境での推理としては、倒叙ミステリでもある『扉は閉ざされたまま』も絶品だ。一方で、本書と並ぶ逸脱系石持ミステリに興味のある方には、一夜で3人の女性を殺そうと奔走する男の物語に、やはり理詰めの推理をきっちりと練り込んだ長篇『耳をふさいで夜を走る』がお薦め。
純粋な推理でも、純粋な推理プラスαでも、石持浅海は読者を愉しませてくれるのである。