元お笑い芸人という異色の経歴から、デビュー作『神様の裏の顔』が30万部を超す大ヒットとなり、次々とユーモア・ミステリーを発表する藤崎翔。作品はクスッと笑えて驚きのどんでん返しが待ち受ける傑作ぞろい。本作『指名手配作家』も予想不可能な展開が待ち受けている。
文庫刊行に際し、帯と、単行本刊行時に「小説推理」2019年6月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューにて『指名手配作家』をご紹介する。
■『指名手配作家』藤崎 翔 /大矢博子:評
ゴーストライターは殺人犯! 二人三脚で世間を騙し続けるふたりの生活は波乱の連続。コミカルにしてトリッキーな藤崎ワールドを堪能せよ。
なんとまあ、作者のてのひらの上でコロコロと、見事に転がされてしまった。藤崎翔『指名手配作家』である。
売れない作家の大菅賢は高圧的な編集者に腹を立て、つい路上で彼を突き飛ばしてしまう。ところが当たりどころが悪かったのか編集者は意識を失い、それを知った大菅は思わずその場から逃げ出した。
だがニュースで編集者が死んだこと、現場から逃走した男を警察が追っていることを知った大菅は、逃亡生活にも疲れ、自殺を決意。橋の上から身を投げようとしたが、そこには自殺志願者の先客・桐畑直美がいた。
なりゆきで始まった同居生活。大菅は直美にかくまってもらいながら、生活手段として直美の名前で小説を書くことを思いつく。はじめはうまくいかなかったが、直美の過去を知り、それを小説にしたところ……。
序盤からフルスロットルだ。逃亡中の描写から自殺の決意、直美と会ってからの会話、そして同居と、あれよあれよという間に事態が次のステージに進む。
しかも筆致が妙にコミカル。逃亡中の飢餓は深刻なはずなのに文体がやけに軽いし、直美と会ってからはセックスのことばかり考えてるし、それを拒む直美との会話はまるでコントかギャグ漫画のようだし。かと思えば、直美に何か秘密があるらしいと大菅が気づくくだりは一転してスリリングだったりもする。勢いはあるが物語の印象が定まらず、序盤は首をひねりながらページをめくった。
だがそれも著者の手だったのだ、と後で気づかされる。ゴーストライターは殺人犯。その秘密がばれないように策を巡らし、ばれそうになっては巧く切り抜け、というあたりからはもう一気呵成だ。そして物語は想像もしなかったほど長いスパンでふたりの生活を追っていくことになる。
何度も訪れる危機。時には感情が行き違い、時には予期せぬトラブルが起き、けれどふたりは知恵と度胸と運で乗り越えていく。その様子はまるで協力して困難に立ち向かう家族小説を読んでいるかのようだ。あのドタバタの序盤が、まさかこんなところに落ち着くとは。読み終わってみれば、実に緻密に計算されていたことに驚く。
おっと、はからずも家族という言葉を使ってしまったがそれがポイント。終盤に用意された感動と、さらにその後に待ち受けるサプライズは一級品だ。
軽妙にして巧緻。気楽に読み始めたらいつの間にか正座していた、そんな作品である。