『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞した小説家・宮下奈都氏による切なくも温かい短編集『誰かが足りない』。2011年の刊行時から続くTwitter読書イベント「ハライナイト」が、10周年を迎える。このたび、宮下奈都氏に本作の執筆当時を振り返ってメッセージを頂いた。
Twitter読書イベント、「ハライナイト」って?
おいしいと評判で、なかなか予約の取れないレストラン「ハライ」。10月31日の18時に予約をしたのは、6組の客たちだ。仕事に納得のいっていない男、認知症の症状が出て来た老女、ビデオを撮っていないと部屋の外に出られない青年、人の失敗の匂いをかぎとってしまう女性……など、それぞれの人生に「足りない」事情を抱えた客たちが店を訪れる。
これは、『スコーレNo.4』『羊と鋼の森』などを執筆した小説家・宮下奈都氏の『誰かが足りない』(双葉文庫)のシーンだ。
2011年に刊行され、同年の本屋大賞にノミネートされるなど話題となった本書は、それぞれの「足りない」事情を抱えながら、それでも一歩前へ踏み出そうとする人々を描いた感動作。繊細な人物描写やおいしそうな料理など、語りたいところはいくつもあるのだが、なんといってもこの「ハライ」というレストランには、一度読むと忘れられない不思議な魅力が詰まっている。
初めて来たのにどこか懐かしくて、今ここにいない誰かを待つのにぴったりな店。
その「ハライ」は架空の店かとおもいきや、実は、一年のうち一日だけ”オープン”をしているという。物語と同じに日時に。それもTwitter上でのみ。
訪れ方は、10月31日の18時以降、Twitterで#誰かが足りないと#ハライナイトをつけて、『誰かが足りない』についての呟きをするだけ。
すると、なんと著者の宮下奈都氏本人が「いらっしゃいませ」と声をかけ、店主として「ハライ」へ迎え入れてくれるのだ。
このイベントのはじまりは刊行当時の10年前、版元の双葉社営業部が10月31日に本作の感想を呟くキャンペーンを行ったことだった。この本を愛する人々が集まった夜は大いに盛り上がり、その後も「ハライナイト」というイベントとして、Twitter上での交流は毎年続いた。ついに今年で10周年を迎える。
「ハライナイト」10周年に寄せて、宮下奈都氏に本作の執筆当時を振り返ってのメッセージを頂いた。
【著者メッセージ】
あるレストランで事件が起きる、その前日譚のつもりで書き始めました。結末で誰かが足りなくなる予定でした。でも、一話ずつ書き進めていくうちに気持ちが揺らぎました。足りない思いを抱えて生きてきた彼らを、さらに決定的に足りない場所へ追い込む必要はあるのか。彼らがどう生きていくのか、それこそが大事で、そこを書きたかったのではないか。悩んだ末に、事件という仕掛けをなくすことに決めました。「ハライナイト」が開かれるたびに、きっとこれでよかったのだ、と思うのです。
宮下奈都
宮下奈都氏が物語に込めた思いは、10年経った今でも、本を読む私達の心を優しく照らす。未読の方にはぜひ、この季節に本作を読むことをおすすめしたい。
この日に感想を呟けば、「初めて来ました」という客も、「今年も来ました」という客も、同じ本を読んだ者どうしの心地好い空間が広がる。家に居ながら誰かと繋がれる、一年に一度だけのレストランが開く夜。実際にスマホから呟いても、ただタイムラインを眺めるだけでも、温かい気持ちになれるに違いない。
コロナ禍でまだ出かけることの難しい2021年の秋の夜長、あなたも本を片手に、10周年のハライナイトに参加してみてはいかがだろうか。
宮下奈都(みやした なつ)
1967年福井県生まれ。2004年「静かな雨」で文學界新人賞佳作に入選しデビュー。16年『羊と鋼の森』で第13回本屋大賞受賞。著書に『スコーレNo.4』『誰かが足りない』『たった、それだけ』『ワンさぶ子の怠惰な冒険』など。
@NatsMiya https://twitter.com/NatsMiya
双葉文庫公式キャラクター たばぶー
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