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 赤ずきんは驚きました。

「なんでそんな嘘をつくのよ?」

「チェッコがビビると思ったんだ。ちょっとしたイタズラ心だよ」

 ケラケラとピーターは笑います。ロストボーイズのみんなも、顔を見合わせてクスクス笑い、ティンクだけが呆あきれ顔です。

「この島では、イタズラ心は何よりも大事なのさ」

 ピーターとその一味は、どうやら少し常識がずれているようでした。永遠の子どもの国なのだから、仕方がないとでもいうのでしょうか。

「チェッコは血相を変えて逃げていった」

 ピーターが話を続けます。

「すっかり俺たちに恐れをなしたんだと思ったけど、そうじゃなかったんだ」

 ピーターたちはそれからしばらく、人魚の入り江を望む岩場で貝の中にあるジュークスの死体を前に、どうしようかと話し合ったそうです。すると突然、どーん!という大きな音がして―。

 島の東側からゆっくりとやってきていた帆船はん せんが大砲をぶっ放したのです。砲弾が入り江に着水して大きな水柱が立ち、きゃあきゃあと逃げ惑う人魚たち……

「海賊船はすぐに入り江の直前までやってきて、小舟を下ろした。フック船長と手下たちが全員で岸に上陸して、脅してきたけど俺たちは勇敢に海賊たちと闘った」

「そうそう。ジョンがラッパを吹いたりしてさあ。プパーパッ!」

「あのときはみんながジョンに注目して、一瞬、戦闘が止まったよねえ」

 1番、2番が楽しそうに話します。

「だけどその後、チェッコが『死体はどこだ!』って叫んで」「貝の上を見たら死体がなかったんだ」

 双子の3番4番が言いました。

「誰も、いつそこから死体が消えたのかわからなかった」ピーターが続けます。「そうしたらフック船長が1番の首根っこをつかんで『ジュークスの死体を持ってこい。さもなくば、お前たち誰かの死体と引き換えだ!』って怒鳴った」

「あれ、怖かったなあ」

 1番は首をすくめます。

「だけど、ウェンディがすぐに言った。『私が人質になるから、その子は離してあげて』って。勇気があるんだ、ウェンディは」

 うんうん、と他の面々もうなずきます。

「わかっただろう、赤ずきん。僕たちはどうしてもジュークスの死体を探してフック船長のところに持って行き、ウェンディを取り戻さなきゃいけない。それで、ティンクに頼んで君を連れてきてもらったってわけさ」

 大体のいきさつはわかりました。

「死体は、闘いの騒ぎで海に落ちちゃったってことはない?」

「そう思って、今、人魚たちに捜索してもらっているんだけどね。ジョン、呼べるかい?」

 ピーターに言われ、ジョンはうなずき、首に下げていたラッパをプパーッ、と吹きました。ぴょこ、ぴょこと海面に女の子たちの顔が出てきます。この国の人魚はみんな、金髪のようでした。

「メア、見つかったかい?」

「いいえ、どこにもないわ」

 ジョンの問いに、いちばん小さな顔の人魚が答えました。目の下に隈くまのようなものがあり、何となく影のある雰囲気です。

「メアはジョンといちばんの仲良しなんだよ」

 1番が、赤ずきんに小声で教えてくれました。

「あの海賊たちは、やっぱりジュークスの死体を探しているのね?」

 茂みの中の三人のほうを見て、赤ずきんは訊ねました。

「そうだろう。他の海賊たちはみんな、船に引き上げたよ」

 ピーターが答えました。

「死体を運んでいるところを、チェッコという海賊に見られたって言ったわね? 海賊がこのあたりを散歩するっていうのは、よくあることなの?」

「いや……そういえば珍しいな」

「その事情を聞いてみたいんだけど」

「チェッコ!」

 ピーターが茂みに向けて呼びかけると、その海賊は顔を上げ、こちらを睨みつけました。

「なんだピーター、一対一でやろうっていうのか?」

「今は違う。この赤ずきんって子が、昨日の朝のことを訊きたいそうなんだ」

「はあ?」

「赤ずきん。大声で訊くといいわ」ティンクが耳打ちします。「近づいていったらまた、闘いになっちゃうから」

「わかったわ。……チェッコさーん! ごきげんよう、赤ずきんよーっ! あなた、朝、どうしてそこに来たのーっ!?」

「お前、声がでけえな。こいつを追ってきたんだよ!」

 左手にキラリと何かが光っていました。

「金貨ねーっ!」

「ああ」

 とチェッコは答えました。

「この島の東に、俺たちが根城にしている磯があるんだっ!」

「やつら、その沖に海賊船をいつも停泊ていはくしているんだよ」

 ピーターが横で補足しました。

「詳しい場所は言えねえが、その近くの岸に、俺たちは宝を隠している。毎朝、その宝に異常がないか確認するのが俺の仕事だ。ところが昨日の朝行ってみたら、金貨が一袋盗まれていた。慌てて周囲を探したら、この入り江に続くけもの道に一枚落ちていた」

 さらにそこから数メートル離れてもう一枚、また離れてもう一枚と、金貨があったそうです。

「馬鹿な泥棒め、きっと金貨の袋に穴でも開いていて、一枚ずつ落としていってるんだ。俺はそいつを捕まえて、縛り首にしてやろうと思って追いかけていった。するとどうだ、この茂みの裏まで来たところで、人魚とお前たちが騒いでいた。よく見りゃ、貝の上にジュークスが乗ってるじゃねえか。しかもありゃ、明らかに死体だった!」

 ―ジュークスを殺したのか!

 ―殺してやった! 俺たちに盾つくと、お前たちもこうしてやるぞ!

 この後の展開は、さっきピーターに聞いたとおりでした。

「チェッコさーん! 泥棒は捕まったのーっ!?」

「声がでけえっつうんだよ、赤ずきん。ジュークスが殺されて、その死体が消えて、それどころじゃねえだろうがよ!」

 赤ずきんは顎に手を当てて考えます。もしジュークスを殺した犯人と金貨を盗んだ犯人が同一人物だとしたら、チェッコをここに導いていたように思えます。犯人はチェッコにジュークスを発見してもらいたかったのでしょうか?

「みんなー、大変でしゅーっ!」

 そのとき、舌っ足らずな声が、チェッコがいるのとは反対のほうから聞こえました。振り返ると、丘へ続く坂の上を、クリーム色の服を着た五歳ぐらいの男の子が飛んでくるところでした。

「マイケル、こっちに来るなよ。海賊との闘いになるかもしれないから」

 ジョンが言いました。マイケルと呼ばれた男の子は赤ずきんたちの前で着地します。そして、手足をばたつかせながら、焦あせったように「でもでもでもでも」と繰り返しました。

「でもでも、大変なんでしゅ」

「マイケル。こんにちは。私は赤ずきんよ」

「あ、こんにちは」

「大変って、何があったの?」

 するとマイケルは目を見開き、大声をあげました。

「海賊の死体でしゅ。ピカニニ族の集落の、巨大トーテムポールにぶら下がっているそうでしゅ!」

「なんだと?」

 反応したのは、ロストボーイズの誰でもなく、海賊のチェッコでした。

 

4.

 

 マイケルの先導で、赤ずきんにピーター、ティンク、ロストボーイズたちは森の中の道を飛んでいきます。一度、丘の上に建つ木造の家の前を通り、今度は西へ向かう下り坂です。

「遠回りに思えるかもしれないけど、人魚の入り江とピカニニ族の集落を結ぶ道はこれしかない。海の上をぐるっと通っていくよりずっと近いんだよ」

 ロストボーイズの1番がそう説明してくれました。

 やがて森を抜け、開けたところへ出ました。あちこちに、木に布を張って造られたような三角形の家があり、炊事中なのか、煙が立ち上っています。

 そこかしこを歩き回っている人たちが見えます。男の人も女の人も、襟や袖そでにカラフルな装飾を施ほどこした麻のような服を着て、頭に鳥の羽を使って作った飾りを付けています。鼻や頬には絵の具のようなもので印がつけられていて、不思議な感じでした。

 集落の中心の広場に、やけに大柄な男の人と、女の子がいました。赤ずきんたちは彼の前で着地します。

「お前たち、よく、きた」

 男の人の身長は赤ずきんの二倍ほど、でっぷりとした丸い体つきをしていて、体重は赤ずきんの三倍か、ひょっとしたら四倍ぐらいあるかもしれません。女の子は、赤ずきんと同じくらいの年齢でしょうか。髪にはかわいらしい白いユリの花を挿さしていました。

「族長、海賊の死体があるって聞いたけど?」

 ピーターが訊ねると「そうだ」と答えました。

「海沿いの、細い洞窟どうくつの道、行く。神の祈りの壇だん、着く。見上げる崖の上、先祖のトーテムポール、ある。ロープ、ぶら下がる。海賊、ぶら下がる」

「そこに案内してくれないか?」

「私の娘、タイガー・リリー、案内する」

「案内する」

 父親に続いて、ユリの花を挿した女の子がさっと胸の前に手を上げます。

「でも、祈りの場、三人しか行けない。しきたり。私の他、二人だけ」

「じゃあ僕と赤ずきんで行くよ」

 ピーターが言うと、タイガー・リリーは不思議そうに赤ずきんの顔を見ました。

「私、赤ずきんっていうの。ネバーランドに連れてこられたばかりだわ」

 事情を簡単に説明します。言葉があまり通じないらしく、タイガー・リリーはところどころ難しそうに鼻に皺しわを寄せましたが、

「案内する」

 こちらに背を向けて歩き出します。

 輪になって踊っている男性たちの脇を通り、丸太のテーブルを囲んでアクセサリー作りをしている女性たちのそばを抜け、潅木かんぼくに挟まれた道を行くうち、集落のざわめきは小さくなっていきました。

 その間、タイガー・リリーは無言でした。

「あなたたちはなぜ、このネバーランドで暮らしているの?」

 気づまりになって赤ずきんは訊ねました。

「神、人を創つくる。人、そこに住む。あたりまえ」

 タイガー・リリーの答えは明確ですが、そっけないものでした。

「ピカニニ族はみんな、神様を信じているんだ」

 ピーターが言います。

 やがて、洞窟に着きました。出入り口はとても狭く、細身の人間しか入れないくらいでした。

 身をかがめ、タイガー・リリーは入っていきます。赤ずきんとピーターもそれに続きます。

 長さ二十メートル程度の、トンネル状の洞窟でした。両側の出入り口から光が差し込むので暗くはありません。抜けた先はちょっとした広場になっており、四方は切り立った崖。中央に祭壇のようなものがあり、焚火たきびの跡がありました。

「あれ」

 タイガー・リリーは頭上を指さします。五十メートルほどある崖の上に、奇妙な柱が立っています。柱の高さは、十メートルといったところでしょうか。

「トーテムポール。人、動物、刻む。精霊、宿る。神に祈り、届ける。病気、ないように。飢うえ、ないように。喧嘩けんか、ないように」

 彼女の言うように、柱には人間や動物の顔が彫られていました。てっぺんの顔は鳥で、二つの横木が翼のように取り付けられていますが、その片方に、ロープで何かがぶら下がっているのです。黒いシャツと金色のズボンを身に着けた、人間のように見えました。

「あれって……」

 赤ずきんが言うと

「死体っぽいね」

 ピーターが応じます。

「マスター・パンサー、祈りに来た。あれ見つけて、おどろいた」

 タイガー・リリーは言いました。マスター・パンサーというその男性は、いつも決まった時間に祈りの場に行き、神様に祈りを捧げるそうです。今日も祈りに来て崖を見上げると、トーテムポールに海賊がぶら下がっていたのでびっくりして広場に戻り、みんなに報告しました。それを、たまたま遊びに来ていたマイケルが聞きつけ、飛んで報告に来たということでした。

 だけど……と、赤ずきんはよく目を凝こらしました。だらりと垂れ下がった手足、少し傾かたむいた首。何か変です。

 ぴゅーっと赤ずきんのそばからピーターが飛びました。そして、その死体を見て、ケタケタと笑いはじめました。赤ずきんも飛んでいきます。妖精の粉をかけられていないタイガー・リリーは飛べないようでした。

「見ろよ、これ」

 ピーターは、まだ笑っていました。

 柱の横木に吊り下げられていたそれは、布でできた人形でした。大きさは人間より一回り小さく、触さわってみると中には綿が詰められているようで、少しでも風が吹くと大きく揺れるのです。

「イタズラだよ」

「妖精の金色の粉をかけられた誰かの仕業かしら?」

「俺たちの仲間だっていうのか? ありえない」

「だったら誰がこんな高いところに上ってこられる?」

 赤ずきんは崖の周囲を見回しました。トーテムポールが立てられているあたりこそ岩肌が見えているものの、あとは枝にトゲの生えた背の低い木に覆われています。昔使われていたらしき道の名残がありましたが、何年も使われていないのは明らかでした。

「飛んでこなければ無理じゃない?」

 赤ずきんが言うと、ピーターは「いやいや」と否定しました。

「海から祈りの広場まではそう距離がない。崖も、足場があるし、海賊なら上れるよ」

「海賊がやったっていうの?」

「ピカニニ族の誰かかもしれない」

 可能性はありますが、祈りの場という神聖な場所にこんなイタズラをするでしょうか?

「着せられている服はどうかしら。ジュークスっていう海賊のもの?」

「だと思うよ。手の込んだイタズラだなあ」

 イタズラと言ってしまえばそれまでですが、消えた死体に似せた人形をこんなところにぶら下げるなんて、どう考えても理由があるようにしか思えません。

 どーん!

 海のほうで爆発音が鳴ったのは、そのときでした。

「な、何?」

 とっさにそちらを見ると、黒い玉がひゅーんと飛んできます。砲弾でした。

「きゃっ!」

 慌てて身をのけぞらせると、赤ずきんとピーターのあいだを抜けた砲弾は、ずしーんと、背後の黒い木に当たりました。

「危ない!」

 めりめりめりと音を立てて、その黒い木は倒れます。

「フック船長めっ!」

 ピーターが顔を真っ赤にして睨みつけるのは、海上をゆっくりと進む海賊船。デッキの上の大砲の周りに海賊たちが集まり、おうぇいおうぇいと恫喝どうかつするように叫んでいます。

「チェッコが報告したのね」

 先ほど、ここに海賊の死体がぶら下がっているとマイケルが報告しにきたとき、あの人相の悪い海賊もそばにいたのです。彼はすぐさま海賊船に取って返し、フック船長に報告したに違いありません。それで、ジュークスの死体を回収するため、海賊船を移動させてきたのでしょう。

 どーん!

 再び砲弾が飛んできました。背後の木に命中します。ずしーん、めりめり。

「虚無の木をこんなに折ったら危ないだろっ!」

「虚無の木? それってクレヨンみたいに丸を描くと中身がなくなってしまう、あれ?」

 赤ずきんは数時間前の自分の部屋を思い出していました。ティンクが持っていた、円の内側を真っ黒な空間にしてしまう、怪しい木の枝……。その材料である黒い木は、こんなところに生えていたのです。

「ああそうさ。雷で折れることもあるけれど、そういうときはなるべく触れないように森の奥によけておくんだ。樹皮は触っても大丈夫だけど、内側は危険だからね」

 とそのとき、海賊船のほうから大声やピーピーという指笛の音が聞こえました。何を言っているのかはわかりませんが、ピーターを挑発するように聞こえます。

「あいつら……もう我慢できない」

 怒りに口を震わせたかと思うと、ピーターはぴゅーっと海賊船に向かって飛んでいきました。

 

5.

 

 赤ずきんが折れてしまった虚無の木を少し調べてから海賊船に飛んでいくと、デッキの上ではすでに大騒動が始まっていました。十人ばかりの海賊がサーベルや銃を片手に一斉にピーターに襲いかかりますが、ピーターはひょいとよけてケタケタケタと大笑い。

「どこに目をつけてんだ、こっちだよーっ!」

 海賊船の右舷うげんから左舷さげんへ、舳先へさきから船尾へと海賊たちを翻弄ほんろうします。

「やめてよ、ピーターも海賊のみんなも!」

 マストの見張り台に着地した赤ずきんは叫びますが、誰も聞いてくれません。

 すると、デッキ上の船室のドアが、勢いよく開きました。

「いいかげんにしろ、このクソガキめ!」

 現れたのは、一人の男性でした。ドクロがあしらわれた軍帽を被かぶり、コートのような長い紫色の上着を着ています。ちぢれ髪を肩まで伸ばし、顔はひげだらけ。ぎょろりとした目が悪魔のようです。最大の特徴はその左手です。上着の袖から出ているのは人間の手ではなく、金属でできた鉤かぎなのでした。

「出たな、フック船長」

 

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