“ただいま”と訪れたいサウナがある。長野にあるTHE SAUNAだ。THE SAUNAは、野尻湖のほとりにあるゲストハウス『LAMP』に併設された二棟のサウナ小屋。

 2019年、サウナビルダー(サウナをゼロから作り上げる人)の野田クラクションベベーさんが一棟目のサウナ小屋“ユクシ”(フィンランド語で1を意味する)を建て、2020年に二棟目の“カクシ”(フィンランド語で2)をオープンさせた。

 薪で温める本格派のサウナ小屋、山から流れる水を利用した樽型の水風呂、森林を眺めながらの外気浴と、野尻湖の自然を満喫できるサウナとして、全国各地のサウナ愛好家から熱烈に支持されている。



 私も、THE SAUNAに一度訪れてからすっかりハマってしまい、季節ごとに何度も訪れるうちにTHE SAUNA図解を描く機会をいただいた。

「THE SAUNA今日も最高だったなあ。図解描けたら嬉しいな~!」とTwitterで何気なく呟いたところ、野田さんから“ぜひお願いします!”と現地で声をかけられ、あっという間に図解制作の運びとなったのだ。

 Twitterで銭湯の絵を投稿し続けていたら銭湯にスカウトされて番頭になったり、Twitterでホットケーキが美味しかったことを呟いたらバズってそのお店の絵の仕事をいただいたり、更にそのやりとりがテレビで取り上げられたりと、私の人生はいつもTwitterに支えられている。そろそろTwitter社の株を買うなどして貢献した方がいい。

 “図解の取材で改めてTHE SAUNAに行くなら、制作も兼ねてLAMPに1週間滞在したい!! 時間が許す限りTHE SAUNAに居続けたいという欲望1000%の申し出を、なんと快く受け入れてくださり(LAMPの皆さんは聖人だと思う)、晴れて2021年3月初旬に1週間LAMPに滞在しながらTHE SAUNA図解を描くことになった。

 ワクワクが止まらなかったが、実はこの時期は心身ともにボロッボロだった。体の疲れが全くとれない、朝起きるともうだるい、笑い声を聞くと不安な気持ちになる、会議中に涙が出てくる……などの症状がずっと続いていて、かかりつけの医師からの勧めもあって2月から小杉湯を休職していたのだ。休職してから1ヶ月経ったものの、人と話すのが億劫で、心から旅行を楽しめる状況ではなかった。だが、森林に囲まれた生活は療養のチャンスかも……と、決して無理をしすぎないことを胸に期して長野に向かった。



 画材や機材がパンパンに詰められた大きなスーツケースを引きずって訪ねると、LAMPのスタッフさんは笑顔で「塩谷さんいらっしゃい~」と歓迎してくれた。そのまま案内されたのは2段ベットがついたソファつきの洋室だった。カーテンを開けると、ユクシと後ろの木々が見える。滞在期間中はこの部屋を好きに使っていいらしい。予約が空いているタイミングでTHE SAUNAに入ることもできるそうだ。早速、サウナ小屋“ユクシ”が空いているそうなので、お邪魔することにした。実は、一人きりでLAMPに滞在するのはこれが初めて。今までは複数人でサウナを楽しみお酒も飲んで合宿のように過ごしていたので、一人で過ごすのは全く別の施設を訪ねるようでドキドキする。



 一人で入るTHE SAUNAは、心が解けるひとときだった。

 ユクシは、中央にサウナストーブがあり、その左右に高めのベンチが置かれたシンプルな造りだ。ストーブとの距離が近いので熱の伝わり方が速くダイレクトで、薪の香りや爆ぜる音を楽しめるのも魅力の一つだと思う。ストーブに近い奥の席が一番暑く、ものの5分ですっかり顔から足先まで汗だくに。額から滲み出た汗が滴り落ち、顎先を伝ってベンチにぽたりと落ちる。その瞬間が、私にとっての水風呂に向かうタイミングだ。

 少し重い木製の扉を押し開け、走るようにしてサウナ小屋の裏手へと急ぐ。そこには、黒姫山から野尻湖へと流れ落ちる水を引き込んだ樽型の水風呂がある。100kg程の大柄の人がスッポリ入る大きな樽だ。桶ですくった水を体にかけ、ドボンと水風呂に浸かる。

 3月とはいえ、まだまだ冷え切っている水風呂に悲鳴をあげながら数秒浸かったあと、冷たさの余韻を感じながら小屋の前に置かれた椅子に体を横たえる。少し後ろに傾いた椅子からは、雲ひとつない青空と、大きな木々の葉が揺れている様がよく見える。葉の間からこぼれ落ちる爽やかな日差し、木々の間から聞こえてくる鳥のさえずりや風の音。冷えていた体が徐々に温まり、ドクドクと音を立てる心音が緩やかになっていくごとに体の力が抜けて、優しい気持ちに満たされる。

 果てはフィンランドまで、あらゆるサウナを巡ってきたが、こんなにも自然を感じられるサウナを他に知らない。都会のサウナが日常のサウナなら、自然に包まれるサウナは非日常のサウナ。普段触れていない自然を全身で感じられるこの時間が、日常の疲れを溶かしてくれる。一人で入るサウナは、いつもよりも考えごとに没頭できて、自分が今何を感じてどんな感情なのかが受け止められて、心が優しくほぐれるのが分かる。

 心の疲れがすっかりとれて、穏やかな心地のまま食事も一人で楽しんだ。20時にもなるともう眠くて仕方がなくて、早々に床についてぐっすり眠ってしまった。
 

 

 

 日の出と共に、自然と目が覚めた。カーテンの隙間から控えめな明るさの朝日が差し込んでいる。2階から1階のロビーに下りると、最低限の明かりしかついていなくて建物もまだ目覚めていないようだ。せっかくだから朝の自然を楽しんでみよう。LAMPを出て、目と鼻の先にある野尻湖に向かった。

 重々しく立ち込めた雲の切れ間から差し込む朝日が、まだ夜の名残のある薄暗い野尻湖を照らし出す。朝日で雲が黄金色に輝き、湖に反射する風景は、神々しさすら感じるほどの美しかった。その場に縫い付けられたように動けなくなって、時間も忘れてただ眺めていた。

 無理をしてでも、ここに来てよかった……。まだ冷え込みが厳しい朝の空気を胸いっぱい吸い込むと、最後にもう一度景色を目に焼き付け、野尻湖を後にした。
 

 

 

 二日目の午後からTHE SAUNA図解の制作を始め、サウナ小屋の実測と撮影、下書き、ペン入れと着々と進めていった。作業は1階にある食堂の奥の席を借りて、朝ごはんを食べてから夕方過ぎまでそこでひたすら絵を描き続ける。その合間に森林を散歩したり、サウナに入ったり、野尻湖沿いの少し遠くのカフェまで行ったりした。また、最初は遠慮がちに接していたLAMPのスタッフさんとも仲良くなり『(THE SAUNAとLAMPを兼業する)小野さん、朝からサウナの火入れお疲れ様です~』とか『サキさん、新しいグッズの絵ですか? めっちゃ可愛いですね!』なんて気軽に声をかけられるになっていた。LAMPのファンとして“推し”の解像度がどんどん上がっているようでめちゃくちゃ嬉しいし楽しい。

 最初は絵を描いていてもスタッフさんは遠巻きに見ているだけだったが、仲良くなるにつれてどんどん距離は近くなり、着彩の頃には至近距離で数人が私を囲み、ビッタリ見られながら絵を描くはめになった。それは流石に近すぎるだろ。

 あっという間に1週間が経っていた。病人っぽさはどこへやら、同じ人と思えないほど肌艶はよくなり、なんでもできる気がする。今思うと、あの時の私は小杉湯の仕事のこと、図解の仕事のこと、私生活のこと……日々のことが目まぐるしく忙しなくて、自分の心と体が感じていることをすっかり置いてきぼりにしていたのだ。野尻湖の雄大な自然と、LAMPの人々の暖かさ、THE SAUNAのひとときを通して、自分の声に耳を傾けて、自分らしさを取り戻せたのだと思う。これらの日々を思うと、胸の奥がぽっと温かくなる。自分の好きな絵を描いて、心のままに自然を楽しみ、純粋に人とのおしゃべりに興じていたあの日々は、どんな時よりも自分らしくて、それがとても嬉しかった。

 スタッフの皆さんに挨拶をして、最寄りの駅に向かうタクシーに乗り込む。発進する車の中で振り返ると、特にお世話になったスタッフさん3人が入り口で手を振っていた。見えなくなるまでずっとずっと振ってくれて、思わず目が潤んでしまう。私も手を振り返しながら、絶対また帰ってくるからー! と叫んだ。

 そう、もう遊びに行くではないのだ。時間にすればたった1週間過ごしただけだけれど、自分らしさを取り戻せたこの場所は、帰る場所の一つになっていたのだ。



 次にTHE SAUNAを訪ねるのは秋が過ぎたころだ。コロナの影響で、もしかしたらもう少し後になるかもしれない。次に遊びに行く時は、「ただいま」と言いたい。
 

 

(第10回へつづく)